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第八章 ── 斎藤 蒼 II ──

友達にもなれない二人【3】

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深く透明な蒼の声は、負い目を感じさせない響きがある。

「それじゃ、得ってことだね」

蒼がいたずらっぽく口もとをゆるませる。
瑤子は大きくうなずき返した。

「得よ、本当に」

二人して、しばらく笑いの余韻を残したまま、公園のなかを歩き続ける。

奇妙な感覚だった。
蒼とそうしている自分は。

友人としてでもなく、恋人としてでもなく。

自分たちは“肉体からだ”でしか、つながりをもっていなかったから。

ごく普通に、日曜の公園で話していることが、瑤子にとっては、ひどく不思議に思えてならなかった。

(“普通に過ごすこと”を不思議に思うなんて、変だわ)

欠落していたのは、互いへの感情。人間同士の心の触れ合い。

「座らない?」

蒼がベンチを指差す。

───尚斗との約束の時間までには、少し余裕がある。

自転車を脇に止め、うながされるまま腰掛けた。

「───文化祭のとき……君の写真を見たよ」

傍らの多種類に及ぶ飲料水の自動販売機の前に立ち、蒼がそんなことを告げてきた。

瑤子の好みを訊き、自分の分と一緒に買うと、それを手にして瑤子の隣に腰かける。

目の前を、小学生くらいの男の子たちが、はしゃぎながら通りすぎて行った。

「三枚とも、よく撮れていたけど……。
おれが驚いたのはね、『憐の喜び』ってタイトルの写真。
……君が、あんな表情をするなんて、思わなかったから」

池の水面に太陽の光がきらめく。まぶしいくらいに、美しい。

水はよどんでいるはずなのに、陽差しを受けることによって、あんな風に輝くことができる。

それが、太陽の力。

瑤子は、蒼から受け取ったペットボトルを開けた。
ひとくち飲んで、つぶやくように言う。

「私も、思わなかったわ……」

冷えたボトルを両手で抱える。

水滴が、ぽとりとキュロットのひざ上に落ちた。

「……関谷が、君を変えたの?」

「違うわ」

即答する。いまなら分かること。尚斗が瑤子を変えたのではない。

蒼に訊かれ、初めて気がついた。

だから微笑んだ。
心のうちにある、あたたかな何かに触れた気がした。

「尚斗くんは私を……忘れていた自分を、取り戻させてくれたの」

素直に感じることを。あらゆる自然な感情を。

置き忘れてきてしまった、当たり前の心の動き───欠落していた、部分もの

(人形……魂の入らない、見かけだおしの───)

蒼と関係を続けていられたのはそんな抜け殻のような自分だったのだろうと、瑤子は思った。

「……そっか」

まるで、その答えを知っていたかのように、蒼はごく自然な相づちをうった。

手にしたペットボトルを、自分の横にあるリサイクルボックスへと入れる。

「分かるような、気がするよ」

ふっ……と、笑みを浮かべ、蒼は瑤子を見つめる。

「君は綺麗だったけど……ただ、それだけだった。
相手にそれ以上の感情を抱かせないような、ね。
だからおれは、君との関係を続けていられたんだと思う」
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