憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第八章 ── 斎藤 蒼 II ──

友達にもなれない二人【2】

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「あ……」

思わず声をあげた。

向こうからやって来る家族連れの後ろ、やや離れて歩く見覚えのある背格好に気づいたからだ。

午後三時すぎ。

愛用のスケッチブックには、薄く輪郭を色づけした程度にとどめた。

……作業は、思うようにはかどらなかった。

「───やあ」

まさか、こんな所で出会うとは思ってもみなかった相手。

「いつだったか、こんな天気の良い日曜日には公園で絵を描いてることが多いって、聞いたのを思いだしてね」

微笑みながら、穏やかに告げられる。

……自分は、いつ、彼にそんな話をしたのだろうと、考える。

彼───蒼との関係を終えてから、まだ、半年くらいしか経っていないのに。

遠い昔を思いだすように、瑤子はその端整な顔だちを見上げた。

「どうして、ここにいるの……?」

「部活は例のごとくサボりだよ」

笑い含みに透明な声が応える。
あの頃を思わす物言い。

思えば二人して、実のない会話を交わしていた。
言葉遊びをするように。

瑤子は、目を伏せた。
薄く笑ったように、思う。

「相変わらず、本心をそらした話し方をするのね。
そういう意味じゃないことくらい、分かっているでしょう?」

止めた自転車を、ふたたび引き始める。

蒼は瑤子と共に、きびすを返して来た道を戻りだした。

「───君は、そんなオレが嫌になったの?
ストレートな関谷せきやのほうが、扱いやすいとか?」

軽口は続く。

冗談まじりの問いかけに、片頬にかかった髪を、耳の後ろに流しながら、うなずいた。

「えぇ、そうよ」

「……嘘が下手になったね。それは、関谷の影響?」

池のほとりで騒ぐアヒルを見やって、蒼が言う。
感情を伏せたままの言葉のやりとり。

瑤子は、バッグのなかから携帯電話を取り出した。
三時半すぎを表示した数字が目に入る。

「それとも、そのほうが、本当の君なのかな」

こちらを窺うようなしぐさをする蒼に、ふわりと笑ってみせる。

「あなたのこと、嫌いじゃないわ。むしろ、好きだと思う。
でも」

「恋じゃ、ないよね。
……たぶん、おれもそうだよ」

瑤子の言葉を受けて、蒼が言った。くくっと、笑いだす。

「なんか、変な関係だな、おれたち。友達でも、ないし」

「そうね」

答えて小さく笑う。

友達などという、綺麗な関係にはいまさらなれない。

前へと向き直りながら、蒼は穏やかな表情を取り戻す。

「そう気づくのに、時間がかかって……君に最低の捨て台詞を残したことを、きちんと謝りたかったんだ。
それが、理由。───ごめん」

向けられる眼差し。
褐色の前髪の奥にある瞳。

初めて彼を見たときに感じた……圭一けいいちを思いださせる、優しい色合い。

「あなたに謝られるのって、苦手だわ。
あなたって、なんでこの人、私に謝っているんだろうって、思わせるのがうまいんだもの」

くすっと笑ってしまう。
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