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第七章 ── 関谷 尚斗 II ──
束の間の幸せ【5】
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結局、その年のグランプリには瑤子が選ばれてしまった。
「すごいわねー、瑤子。
ま、これだけの美人、放っておいたら嘘よねぇ」
文化祭の翌々日。
一時限目が終わった直後。
次の授業の準備をしながら、前の席の友人と他愛もない会話を交わしていた。
そこへ、わざとらしいくらいの大きな声が、瑤子にかけられたのだった。
鈴木亜矢香だ。
自慢のストレートの褐色髪を片手で払いながら、マスカラをたっぷりとつけた一重の大きな瞳を細め、こちらを見下ろしてくる。
「鈴木さんにそんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいわ」
久々に、瑤子は愛想笑いを浮かべる。
一年前も、こうして何かと突っかかってきた女生徒。
瑤子にとっては、天敵のようなものだった。
「あの写真、A組の葵くんに撮ってもらったんでしょ?
どうりで実物より、キレイに撮れてるはずよね。
……考えたものだわ」
早速、亜矢香の《口撃》が始まる。
「今度は、どういう手で取り入ったのか、ぜひ教えてもらいたいものだわ」
瑤子の机の端に両手をつき、亜矢香がこちらをのぞきこんでくる。
安物のコロンの香りが鼻についた。
瑤子は、休み時間の退屈しのぎとわりきって、口を開いた。
「取り入るだなんて……。
私、そんなこと、思いつきもしなかったわ。
やっぱり鈴木さんて、私とは頭の回転が違うわね」
おっとりとした口調で切り返す。
まともに付き合っていたら、相手の思うつぼだ。
「そうよね。
鈴木さんが潮崎くんに撮ってもらっていれば、グランプリは鈴木さんだったわよね。
ごめんなさい。
あなたのこと、潮崎くんに推薦すれば良かったわ。
私、気が利かなくて……」
軽く目を伏せ、申し訳ないといった表情をしてみせる。
瑤子の皮肉に気づいたらしい亜矢香は、思いきり顔をしかめた。
瑤子をにらみつけ、自分の席へと戻って行く。
「───やったね、瑤子。
ホント、あいつって執念深いよねー」
亜矢香の後ろ姿を見送り、前の席の友人、上原麻衣子がよし、と、両手を握りしめる。
左隣で様子を見ていた詩織が、あきれたように言った。
「去年のロミオの代役からだよな?
確か、文化祭間近になって、片足骨折した亜矢香の穴埋めに演ったとかいう……」
瑤子をロミオ役に推した張本人───演劇部の部長である麻衣子が、詩織の言葉に勢いを得て、声を荒らげる。
「だから、自分より巧く演じられて、よけい妬んでるのよ、あいつ!」
「は? 逆恨みじゃん、それ」
詩織は、可愛い顔に似合わず、乱暴な物言いをする。
ばっさりと、切って捨てた。
「あいつはねぇ、なんでも自分が一番でないと、気に入らないのよ。
今年の演目だって勝手にハムレットに決めて、オフィーリア演ったのはいいけど、全然ダメダメで、お客さん帰っちゃうし。
辞めてほしいんだよね、あの女」
腹立たしげに溜息をつき、亜矢香のほうをにらむ麻衣子に苦笑した。
亜矢香の協調性を欠くわがままぶりに、部内でのいさかいが絶えないと、麻衣子がもらしていたのも事実だ。
「そういえば、クラスの役割分担で決まってたことも、当日すっぽかしてたよな。
あとで訊いたら、演劇部のほうがー、とか言い訳してたけど、みんなそれは一緒だっつーの」
「なーにが演劇部が、よ。裏方も手伝わなかったクセに!」
麻衣子と詩織の亜矢香に対する文句は続く。
瑤子は、ちらりと亜矢香の席のほうを見やった。
隣の席の男子生徒と、何やら冗談を言い合っているらしい。
大仰な笑い声が、こちらまで届いてくる。
そんな亜矢香の様子を見ながら一年前にされた彼女からの仕打ちを思いだす。
嫌味はもちろん、実質的な嫌がらせ───教科書に落書き・靴に画ビョウ・ロッカーを荒らす───などと。
他にも思いつく限りの子供じみたことを、一ヶ月近くに渡ってやられたものだ。
(できれば今年は、穏便にしてほしいわ……)
ふうっ……と、瑤子は大きな溜息をついた。
「すごいわねー、瑤子。
ま、これだけの美人、放っておいたら嘘よねぇ」
文化祭の翌々日。
一時限目が終わった直後。
次の授業の準備をしながら、前の席の友人と他愛もない会話を交わしていた。
そこへ、わざとらしいくらいの大きな声が、瑤子にかけられたのだった。
鈴木亜矢香だ。
自慢のストレートの褐色髪を片手で払いながら、マスカラをたっぷりとつけた一重の大きな瞳を細め、こちらを見下ろしてくる。
「鈴木さんにそんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいわ」
久々に、瑤子は愛想笑いを浮かべる。
一年前も、こうして何かと突っかかってきた女生徒。
瑤子にとっては、天敵のようなものだった。
「あの写真、A組の葵くんに撮ってもらったんでしょ?
どうりで実物より、キレイに撮れてるはずよね。
……考えたものだわ」
早速、亜矢香の《口撃》が始まる。
「今度は、どういう手で取り入ったのか、ぜひ教えてもらいたいものだわ」
瑤子の机の端に両手をつき、亜矢香がこちらをのぞきこんでくる。
安物のコロンの香りが鼻についた。
瑤子は、休み時間の退屈しのぎとわりきって、口を開いた。
「取り入るだなんて……。
私、そんなこと、思いつきもしなかったわ。
やっぱり鈴木さんて、私とは頭の回転が違うわね」
おっとりとした口調で切り返す。
まともに付き合っていたら、相手の思うつぼだ。
「そうよね。
鈴木さんが潮崎くんに撮ってもらっていれば、グランプリは鈴木さんだったわよね。
ごめんなさい。
あなたのこと、潮崎くんに推薦すれば良かったわ。
私、気が利かなくて……」
軽く目を伏せ、申し訳ないといった表情をしてみせる。
瑤子の皮肉に気づいたらしい亜矢香は、思いきり顔をしかめた。
瑤子をにらみつけ、自分の席へと戻って行く。
「───やったね、瑤子。
ホント、あいつって執念深いよねー」
亜矢香の後ろ姿を見送り、前の席の友人、上原麻衣子がよし、と、両手を握りしめる。
左隣で様子を見ていた詩織が、あきれたように言った。
「去年のロミオの代役からだよな?
確か、文化祭間近になって、片足骨折した亜矢香の穴埋めに演ったとかいう……」
瑤子をロミオ役に推した張本人───演劇部の部長である麻衣子が、詩織の言葉に勢いを得て、声を荒らげる。
「だから、自分より巧く演じられて、よけい妬んでるのよ、あいつ!」
「は? 逆恨みじゃん、それ」
詩織は、可愛い顔に似合わず、乱暴な物言いをする。
ばっさりと、切って捨てた。
「あいつはねぇ、なんでも自分が一番でないと、気に入らないのよ。
今年の演目だって勝手にハムレットに決めて、オフィーリア演ったのはいいけど、全然ダメダメで、お客さん帰っちゃうし。
辞めてほしいんだよね、あの女」
腹立たしげに溜息をつき、亜矢香のほうをにらむ麻衣子に苦笑した。
亜矢香の協調性を欠くわがままぶりに、部内でのいさかいが絶えないと、麻衣子がもらしていたのも事実だ。
「そういえば、クラスの役割分担で決まってたことも、当日すっぽかしてたよな。
あとで訊いたら、演劇部のほうがー、とか言い訳してたけど、みんなそれは一緒だっつーの」
「なーにが演劇部が、よ。裏方も手伝わなかったクセに!」
麻衣子と詩織の亜矢香に対する文句は続く。
瑤子は、ちらりと亜矢香の席のほうを見やった。
隣の席の男子生徒と、何やら冗談を言い合っているらしい。
大仰な笑い声が、こちらまで届いてくる。
そんな亜矢香の様子を見ながら一年前にされた彼女からの仕打ちを思いだす。
嫌味はもちろん、実質的な嫌がらせ───教科書に落書き・靴に画ビョウ・ロッカーを荒らす───などと。
他にも思いつく限りの子供じみたことを、一ヶ月近くに渡ってやられたものだ。
(できれば今年は、穏便にしてほしいわ……)
ふうっ……と、瑤子は大きな溜息をついた。
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