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第七章 ── 関谷 尚斗 II ──

束の間の幸せ【2】

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(不本意なのは、今年も一緒ね)

ロミオ役は、いわば代役のようなものだった。

いや、配役が決まり本稽古ほんげいこが始まってからの、突然のアクシデント。

ロミオ役に決まっていた生徒が、足を骨折してしまったのだから───やはり、代役といって差し支えないだろう。

しかし、瑤子が出演したことによって、演劇部の面子が立ったのは事実だ。

何しろ、文化祭を一週間後に控えていたのだ。

シェイクスピア独特の長台詞に言い回し。
一般生徒なら音をあげていたはずだが、瑤子の戯曲好きと暗記力が難役をこなすことを、可能にしたのだった。

だが、大勢からの注目は、何も純粋な羨望せんぼうばかりではない。
ねたみからくる中傷など、反感を買うことも少なくはないのだ。

(あんまり愉快な話じゃないわ)

「それでね」
と、瑤子のそんな心中を知ってか知らずか、葵は話を続ける。

女の子のような、やわらかな微笑みを浮かべて。

「せっかくだから、見に来てくれないかなぁ?
そう思って、誘いに来たんだけど」

どうやら、それが本来の目的らしい。

だが瑤子は、葵の言葉に即答できなかった。

自分で自分を客観的に見る、というのは、なんだか躊躇ちゅうちょしてしまう。
それが人の目にさらされているとなると、よけいに。

そう思って、眉を寄せた。
できれば、行きたくない。

「私……茶道部の手伝いがあるし……」

返事をしぶる瑤子に、尚斗がちょっと笑った。

「オレも見たけど、本当に綺麗だったし……それに、もう一度ちゃんと見てみたいから、一緒に行こう?」

「ほら。関谷も、こう言ってることだし。来てみなって」

葵が後押しするように、急かしてくる。
瑤子は溜息をついた。

「じゃ、ちょっとだけ……」





茶道部の友人に、茶会を一時だけ抜けだしたいと告げると、客の入りが少ない今ならと、快く送りだされた。

上機嫌で体育館に向かう葵のあとを、尚斗と二人、ついて行く。

ふいに尚斗が、瑤子の耳もとに顔を寄せた。

「なんか、潮崎さんに先を越されたけど……瑤子さんの浴衣姿、似合うと思うよ、オレも」

ささやくように言って、瑤子の少し前を歩きだす。
その背中が、自分の発言に照れていた。

葵に言われた挨拶代わりのような台詞より、何十倍も嬉しい褒め言葉だ。

尚斗のシャツの背中を軽く引き寄せ、小さく応える。

「……ありがと」

その横顔を見上げ、尚斗の背が伸びていることに気づいた。

「───尚斗くん。背、伸びた?」

「えっ。……あぁ、そうかもしれない。
測ったわけじゃないけど、部の先輩にも言われたから」

「そう」

ふふっと、小さく笑う。

本当に尚斗は、成長途中なのだなと思う。

(どんどん……大人っぽくなっていくのね。顔は、相変わらず幼いけど)

自分の思いつきに、ひとり、笑い続ける。

尚斗が不思議そうに、瑤子をのぞきこんできた。

童顔の象徴ともいえるべき大きな栗色の瞳を、きょとんとさせながら。

「なに、どうしたの? 瑤子さん」

「……なんでもないわ……」

おかしいのをこらえるように、首を振る。

尚斗は「オレなんか変なことしたかなー」と、首を傾げている。

(ずっと……こうやって側で、見つめていられたら、いいのに)
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