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断章/葵篇
史上最悪の、ファーストキス【2】
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最初は適当に聞き流していたのだけど、葵の無神経さに、だんだん我慢ができなくなってしまったんだ。
葵の言いたいことは、解る。
だけどそれは、ごく普通の恋人間で成り立つ決まりごとで、ただの幼なじみの私達のあいだでは、成立しない。
「なんだよ、それ……!」
さすがの葵も、ムッとした顔でこちらを見上げてきた。私は横を向いた。
もうこれ以上の会話はムダだと思ったのか、葵は大きな溜息をついた。
私も負けじと、おおげさな溜息をついてみせた。
こういう時、つくづく『近所の幼なじみ』は、損だと思う。
帰る方向が一緒で、しかも、お互い妙な意地があって、違う道を帰るとか走って帰るとか。
そういう、相手を自分の視界に入れない方法を、とる気にはなれないのだ。
沈黙のなか、一定の距離で、葵と同じ道を歩いて行く。
「楓」
「……なに?」
「今日は、ありがとう」
家の前で、こちらに背を向けたまま、葵が言う。
私は、自分の耳を疑った。
───馬鹿みたいだと思った。
確かに葵は、くだらない気まぐれをおこして、私をからかったのかもしれない。
だけど、肝心なところでは、いつも気持ちをくれていた。
───たとえそれが、私の望むカタチの、『想い』でなくとも。
葵のなかで私が大事にされていること、それはまぎれもなく感じられていたはずなのに……。
つまらない意地を張って、傷つけられたといつまでも引きずっていては、この関係でさえ、失ってしまうかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だと思った。
「ごめん、葵……」
気づいたら、腕が伸びていた。
葵の華奢な身体を、後ろから抱きしめる。
やわらかな猫の毛のような癖のある髪に頬を寄せ、震えるように告げた。
「もう、怒ってないから」
葵は私の言葉に小さく笑った。
「家、寄っていきなよ。楓の好きなクッキー、あるからさ」
「……うん」
葵の前で、一週間分のたまりにたまった話をした。
葵は適度に相づちをうってくれ、場合によっては適切なアドバイスをくれた。
───やっぱり私は、葵と話さないと駄目なんだと思いしらされた。
「じゃ……私、帰るね」
いつものように、夕食までご馳走になって、葵に別れを告げる。
「うん。じゃあね、楓」
「───あのねっ、葵……」
にっこりと微笑み返されて、私は必死に言葉を探した。
葵に「この事」を伝えたからと言って、どうなるわけではない。
でも、言わずにはいられなかった。
「私……葵が私にキスしたこと、赦せないと思った。
私の気持ち知ってるくせに、私のことからかうだなんて……葵を、そういうヒドイ奴だなんて思いたくなかったからなの。
葵は……私の好きな葵は、いい奴だって、思っていたかったからなの。
だから本当は、そんなに怒ることじゃなかったんだ。
馬鹿みたいだけど……だからね、だから葵───」
「キスしていい?」
葵の腕が、私の首の後ろに回されて、その顔が近づいて……葵は、唐突にそんなことを言った。
だから───どうして、そうなるのよ……。
「あんた、いきなり、なに言いだすのよ?」
「だって楓って、事前に承諾を得ないと、させてくれないみたいだから」
至近距離から、きょとんと葵の可愛いらしい瞳に見つめられ、私は頭が痛くなった。
葵の言いたいことは、解る。
だけどそれは、ごく普通の恋人間で成り立つ決まりごとで、ただの幼なじみの私達のあいだでは、成立しない。
「なんだよ、それ……!」
さすがの葵も、ムッとした顔でこちらを見上げてきた。私は横を向いた。
もうこれ以上の会話はムダだと思ったのか、葵は大きな溜息をついた。
私も負けじと、おおげさな溜息をついてみせた。
こういう時、つくづく『近所の幼なじみ』は、損だと思う。
帰る方向が一緒で、しかも、お互い妙な意地があって、違う道を帰るとか走って帰るとか。
そういう、相手を自分の視界に入れない方法を、とる気にはなれないのだ。
沈黙のなか、一定の距離で、葵と同じ道を歩いて行く。
「楓」
「……なに?」
「今日は、ありがとう」
家の前で、こちらに背を向けたまま、葵が言う。
私は、自分の耳を疑った。
───馬鹿みたいだと思った。
確かに葵は、くだらない気まぐれをおこして、私をからかったのかもしれない。
だけど、肝心なところでは、いつも気持ちをくれていた。
───たとえそれが、私の望むカタチの、『想い』でなくとも。
葵のなかで私が大事にされていること、それはまぎれもなく感じられていたはずなのに……。
つまらない意地を張って、傷つけられたといつまでも引きずっていては、この関係でさえ、失ってしまうかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だと思った。
「ごめん、葵……」
気づいたら、腕が伸びていた。
葵の華奢な身体を、後ろから抱きしめる。
やわらかな猫の毛のような癖のある髪に頬を寄せ、震えるように告げた。
「もう、怒ってないから」
葵は私の言葉に小さく笑った。
「家、寄っていきなよ。楓の好きなクッキー、あるからさ」
「……うん」
葵の前で、一週間分のたまりにたまった話をした。
葵は適度に相づちをうってくれ、場合によっては適切なアドバイスをくれた。
───やっぱり私は、葵と話さないと駄目なんだと思いしらされた。
「じゃ……私、帰るね」
いつものように、夕食までご馳走になって、葵に別れを告げる。
「うん。じゃあね、楓」
「───あのねっ、葵……」
にっこりと微笑み返されて、私は必死に言葉を探した。
葵に「この事」を伝えたからと言って、どうなるわけではない。
でも、言わずにはいられなかった。
「私……葵が私にキスしたこと、赦せないと思った。
私の気持ち知ってるくせに、私のことからかうだなんて……葵を、そういうヒドイ奴だなんて思いたくなかったからなの。
葵は……私の好きな葵は、いい奴だって、思っていたかったからなの。
だから本当は、そんなに怒ることじゃなかったんだ。
馬鹿みたいだけど……だからね、だから葵───」
「キスしていい?」
葵の腕が、私の首の後ろに回されて、その顔が近づいて……葵は、唐突にそんなことを言った。
だから───どうして、そうなるのよ……。
「あんた、いきなり、なに言いだすのよ?」
「だって楓って、事前に承諾を得ないと、させてくれないみたいだから」
至近距離から、きょとんと葵の可愛いらしい瞳に見つめられ、私は頭が痛くなった。
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