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第六章 ── 潮崎 葵 ──
君がための微笑み【3】
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葵の用意した衣装は、身体の線がはっきりと出る、ノースリーブのくるぶし近くまであるロングワンピースで、白と黒の二色があった。
彼の意図する撮影の主題は、『麗の怒り』と『艶の愁い』、それから、『憐の喜び』といったものだった。
衣装をそれぞれの主題に合わせて替え、また、セットの一部であるバラを葵の指示で彼の友人たちが適切に変えていく。
それ以外は、葵は瑤子の自由に動かせていた。
全面的に、その演技力を信頼するように。
黒を基調としたセットを背景に白のワンピースを着て、手に白バラを一輪だけ持ち、凛と佇み、静かな怒りを表現した『麗の怒り』。
同様のセットに、黒のワンピースを着て、ひざをくずして座った姿勢で数本の赤バラを持ち、視線を宙に浮かせ、花びらを口もとに押しあてたものが、『艶の愁い』。
そこまでは順調な運びとなったのだが、
「なんか……違うんだよね。
それじゃ、せっかくの神田さんの良さである気品が、安っぽくなっちゃうっていうか……」
と、葵をうならせたのが、『憐の喜び』。
可憐な少女の、素直な喜びを撮りたいのだと、彼は撮影前に説明をくれた。
他の主題と同様、瑤子は葵の意図をくみとったつもりでいたのだが……。
葵がカメラから顔を上げ、溜息をつきながら背にした折りたたみ式の椅子に転ぶように腰かける。
と、場にいた全員も、ほぼ同時に息をつく。
瑤子は抱えていたピンクのバラの花束を、そっとセットのなかに下ろした。
先ほどから何度も、同じような表情を続けてつくっていたので、頬の筋肉が痛い。
ライトを浴びすぎたせいもあってか、少しめまいがした。
そんな瑤子を見兼ねたようで、尚斗が初めて口をはさむ。
「瑤子さんには、なんの問題もないと思うけど。
オレに言わせてもらえば、潮崎さんの腕が足りないんじゃないの?」
瞬間、葵が弾かれたように立ち上がり、尚斗の胸ぐらをつかんだ。
「僕の腕にケチをつけるのか、君は!」
容姿に似合わない激しさで、尚斗に詰め寄る。
傍から見ると華奢な葵が、尚斗にしがみついているような具合だ。
部屋中に響き渡ったやわらかな声は、しかし語調鋭く、その場に一瞬にして緊張が走る。
誰もが固唾をのんで、葵を見つめていた。
「───あ、あれ……?」
間の抜けた声は、葵のものだった。
尚斗の胸もとから手を放す。
と、何を思ったのか、尚斗のシャツのボタンを外し始めた。
ぎょっとしたように、尚斗が叫ぶ。
「ちょっと……何するんですかっ!!」
「……ねぇ、稲葉さん。彼、いいカラダしてるよねぇ。
───使えると思わない?」
「なっ……」
真っ赤になる尚斗をよそに、葵と稲葉は、二人だけにしか通じない会話を始める。
「あら。いいじゃない、素敵よぉ。彼に協力してもらえば?
衣装なら大丈夫。こんなこともあろうかと、用意してあるし」
「さすが稲葉さん。頼れるなぁ」
二人の間で勝手に話が進められていく。
尚斗は葵の要望で、強引に衣装替えさせられ、瑤子のいるセットのなかへ追いやられてきた。
白い綿シャツの胸ははだけさせられ、黒のジーンズをはかされて。
居心地悪そうに、瑤子を見てくる。
「なんか、変なことになったけど……」
「よろしくね、尚斗くん」
くすっと笑って瑤子は応えた。
葵が、撮影を再開する合図を出す。
最後の作品、『憐の喜び』は、そうして完成したのだった……。
彼の意図する撮影の主題は、『麗の怒り』と『艶の愁い』、それから、『憐の喜び』といったものだった。
衣装をそれぞれの主題に合わせて替え、また、セットの一部であるバラを葵の指示で彼の友人たちが適切に変えていく。
それ以外は、葵は瑤子の自由に動かせていた。
全面的に、その演技力を信頼するように。
黒を基調としたセットを背景に白のワンピースを着て、手に白バラを一輪だけ持ち、凛と佇み、静かな怒りを表現した『麗の怒り』。
同様のセットに、黒のワンピースを着て、ひざをくずして座った姿勢で数本の赤バラを持ち、視線を宙に浮かせ、花びらを口もとに押しあてたものが、『艶の愁い』。
そこまでは順調な運びとなったのだが、
「なんか……違うんだよね。
それじゃ、せっかくの神田さんの良さである気品が、安っぽくなっちゃうっていうか……」
と、葵をうならせたのが、『憐の喜び』。
可憐な少女の、素直な喜びを撮りたいのだと、彼は撮影前に説明をくれた。
他の主題と同様、瑤子は葵の意図をくみとったつもりでいたのだが……。
葵がカメラから顔を上げ、溜息をつきながら背にした折りたたみ式の椅子に転ぶように腰かける。
と、場にいた全員も、ほぼ同時に息をつく。
瑤子は抱えていたピンクのバラの花束を、そっとセットのなかに下ろした。
先ほどから何度も、同じような表情を続けてつくっていたので、頬の筋肉が痛い。
ライトを浴びすぎたせいもあってか、少しめまいがした。
そんな瑤子を見兼ねたようで、尚斗が初めて口をはさむ。
「瑤子さんには、なんの問題もないと思うけど。
オレに言わせてもらえば、潮崎さんの腕が足りないんじゃないの?」
瞬間、葵が弾かれたように立ち上がり、尚斗の胸ぐらをつかんだ。
「僕の腕にケチをつけるのか、君は!」
容姿に似合わない激しさで、尚斗に詰め寄る。
傍から見ると華奢な葵が、尚斗にしがみついているような具合だ。
部屋中に響き渡ったやわらかな声は、しかし語調鋭く、その場に一瞬にして緊張が走る。
誰もが固唾をのんで、葵を見つめていた。
「───あ、あれ……?」
間の抜けた声は、葵のものだった。
尚斗の胸もとから手を放す。
と、何を思ったのか、尚斗のシャツのボタンを外し始めた。
ぎょっとしたように、尚斗が叫ぶ。
「ちょっと……何するんですかっ!!」
「……ねぇ、稲葉さん。彼、いいカラダしてるよねぇ。
───使えると思わない?」
「なっ……」
真っ赤になる尚斗をよそに、葵と稲葉は、二人だけにしか通じない会話を始める。
「あら。いいじゃない、素敵よぉ。彼に協力してもらえば?
衣装なら大丈夫。こんなこともあろうかと、用意してあるし」
「さすが稲葉さん。頼れるなぁ」
二人の間で勝手に話が進められていく。
尚斗は葵の要望で、強引に衣装替えさせられ、瑤子のいるセットのなかへ追いやられてきた。
白い綿シャツの胸ははだけさせられ、黒のジーンズをはかされて。
居心地悪そうに、瑤子を見てくる。
「なんか、変なことになったけど……」
「よろしくね、尚斗くん」
くすっと笑って瑤子は応えた。
葵が、撮影を再開する合図を出す。
最後の作品、『憐の喜び』は、そうして完成したのだった……。
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