憐の喜び〜あなただけ知らない〜

一茅苑呼

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第五章 ── 村上 和哉 ──

淫らな芝居【4】

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首を振ってみせると、彼はちょっと笑った。

「そっか……なら、良かった」
「本当に、ありがとう」

言葉を重ねた瑤子に、和哉は少し照れくさそうに、肩をすくめた。
そのしぐさに、クラスメイトの言葉を思い返す。

(無口でクールで無愛想……というよりは、この人、不器用なのね。
感情表現が、下手なんだわ)

短い会話のなかでの話し方や態度から、瑤子はそう感じた。

和哉に対し、新鮮な興味を覚える。

いままで瑤子が親しく接した男たち───蒼や圭一などがそうであるが、こちらの機嫌をとろうとすることが多かった。

そこには、彼ら自身が意識してない部分で、瑤子のことを“格下”扱いしていたように思う。

だが、和哉の場合は、それがない。対等な位置で瑤子と話している。
それが、分かる。

表面的には、和哉の物言いのほうが不遜ふそんな感じだが、実際は違う。

彼が瑤子と同じ目線でいるからこそ、なんの飾り気もない率直な言葉がでてくるのだろう。

和哉に別れを告げた瑤子は、そこまで考えると、笑みをこぼした。
……自嘲じちょうに近い、ものだった。





蒼い空が見える。

セミと、名前の分からない虫の鳴き声が、不思議な調和を奏でている。

(朝……)

東の空が、ようやく白んできたところだ。朝日は、姿を現してはいない。

(まだ、こんな時間なのね……)

特別、寝苦しい夜ではなかった。しかし、なかなか寝つけない晩であったことは確かだ。

カーテンを閉め直し、改めてベッドにもぐりこむ。

眠ったような気がしなかった瑤子は、もう一度、寝直そうと考えた。

(少しは落ち着いたかしら)

まどろみながら思うのは、昨晩の自身のなかにあった、肉体的欲求のやるせなさだった。

蒼との経験以前は、なかったことだ。

いや、多少はあったのかもしれないが、それは人肌のぬくもりを求める程度だ。

しかし、いま望む欲求は、もっと濃密な行為へと変わってきている。

(身体が……覚えているのね)

知り得た快楽の繰り返しを。
瞬時にすり抜けていくことは分かっているはずなのに……。

(あの力強い腕に───)

ぎゅっと自身を抱きしめる。

和哉に抱きこまれた時のことを思いだす。

昨日の出来事が、つい先ほどのことのように、よみがえってきた。

(抱かれてみたい、だなんて……)

それから瑤子は、和哉と《寝るためだけ》の計画を練り、実行に移した。

和哉の性格を利用した、現実のなかでの芝居のようなもので、見事にそれは成功したのだった。

(やっぱり、あの時のことしか思い当たらないわ……)

葵の口からでた、和哉の名前。
そして、写真部への呼びだし。

瑤子は、一年ほど前の夏の出来事を思い返していた───蒼と距離を置き、和哉に近づいた自分を。

特別な感情があったわけでもないのに、和哉に身をゆだねたあの日……。

(撮られていたのかもしれない)

体育館裏で話があると和哉に告げ、彼を待っていた瑤子。

そこで、心ない男子生徒に乱暴されかけたところを彼に助けられた。

筋書き通りに、約束に遅れた自分を責めていた和哉。

そして───。

「瑤子! パンケーキ食べに行かない?」
「いま話してたんだけどね、駅前に新しくできたトコ、安いんだってよ」

はしゃぐ声に我に返る。
いつの間にか、ホームルームが終わっていたようだ。

クラスメイトの麻衣子まいこ佳奈かなが、瑤子の机の周りを囲っている。

「あ、ごめん。私、今日はちょっと……」

今日の放課後と、葵に指定されている以上、誘いにはのれない。

すると二人は、瑤子が尚斗との約束で行けないものと、勘違いしたらしい。

二人して何やら納得し合うと、

「お幸せにねー」

という冗談まじりの皮肉を残し、帰って行った。

瑤子は二人を見送り苦笑した。

(それなら、いいんだけどね……)



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