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第五章 ── 村上 和哉 ──
淫らな芝居【2】
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そっと唇をかみしめる。
いったい、何人の人間が、瑤子の淫らな行為を知っているのだろうか……?
(ひょっとして、私が気づかないだけで、みんな知っているのかも……)
直接いわれないだけで、周囲の者は陰で自分のことを好奇の目で見ているのかもしれないと、瑤子は思った。
……馬鹿げた妄想だ。
「それについて、あなたに見せたい物があるんだ。
興味があったら、今日の放課後、写真部までおいでよ。
じゃ、またね!」
言うだけ言って、葵は生徒の群れに混じって、教室へと戻って行く。
瑤子は黙ったまま、その背中をにらみつけていた。
和哉は、一年の時のクラスメイトだった。
彼は、特別目立つような存在ではなかった。
クラス内に親しい友人がいないせいなのか、もともと他人と行動を共にするのが苦手なのか
───今は、後者だと瑤子は知るのだが───
体育祭や文化祭などで、他生徒とばか騒ぎをするようなタイプではなかった。
無口でクールで無愛想。
というのが、クラスの女性徒間での彼の評価だった。
そのわりに受けが良かったのは、涼しげな目もとに代表される、いわゆる女の子好みのルックスをしていたためだろうと思われる。
また、週番などの与えられた役割をきっちりとこなすという、律儀さと誠実なところにも評価を高くする要素があったのかもしれない。
だが瑤子は、特に和哉に関心はなかった。
……少なくとも、あの日までは。
「ごめんなさい。今日は、駄目なの」
「そう? 残念だな……」
するり、と、ほどかれる腕。艶めいたささやきと共に。
いつもながら、自分と同い年である彼が、衝動をコントロールできることに感心させられてしまう。
放課後の美術準備室。
筆洗に水を汲んでいた瑤子を背後から抱きしめてきた蒼。
この場においてのみ互いを求め合うようになり、数ヶ月くらい経つ。
瑤子にとっては、蒼は初めての異性ではあるが、蒼はそうではない。
それは、彼のそういった対応の仕方からも窺えるが、それ以上に女の扱い方、つまり、悦ばせ方を知っている。
「……あなたって、ひどい人ね」
つぶやく瑤子に他意はない。
本当に、そう思ったからこそ、だされた言葉。
「おれが? どうして?」
軽くいなして、ふっと笑う。
平然とした態度を見せつける、それこそが事実を物語っているのだが。
流れたままの水を見やって、瑤子は蛇口に手を伸ばす。
小さく笑いながら口をひらいた。
「だって、そんなにあっさり引き下がるなんて、寝られない女には価値がないって言っているようなものよ?」
「心外だな」
瑤子の瞳をのぞきこんで、蒼は首を傾ける。
蛇口に置かれた瑤子の手の甲に、自分の手のひらを重ね、続けて言う。
「……でも、おれの態度が、君の気に障ったのなら、謝るよ。
ごめん」
告げられた言葉が、記憶の片隅にある痛みに触れ、瑤子は語るべき声を失った。
(いまの、言い方……!)
気づいた時は、蒼に唇を奪われていた。
こちらの理性をくずさせるには、十分に足るくちづけ。
「───っ……やめて……!」
空いた一方の腕を使って、蒼の胸を押しのける。
「……《瑤子ちゃん》?」
呼びかけが、決定的なものだった。
蒼の驚いた顔を見て、あわてて彼から視線をそらす。
自分のなかにある感情を抑えこみながら、瑤子はふわりと笑う。
「───今日は駄目って、言ったでしょう?」
いったい、何人の人間が、瑤子の淫らな行為を知っているのだろうか……?
(ひょっとして、私が気づかないだけで、みんな知っているのかも……)
直接いわれないだけで、周囲の者は陰で自分のことを好奇の目で見ているのかもしれないと、瑤子は思った。
……馬鹿げた妄想だ。
「それについて、あなたに見せたい物があるんだ。
興味があったら、今日の放課後、写真部までおいでよ。
じゃ、またね!」
言うだけ言って、葵は生徒の群れに混じって、教室へと戻って行く。
瑤子は黙ったまま、その背中をにらみつけていた。
和哉は、一年の時のクラスメイトだった。
彼は、特別目立つような存在ではなかった。
クラス内に親しい友人がいないせいなのか、もともと他人と行動を共にするのが苦手なのか
───今は、後者だと瑤子は知るのだが───
体育祭や文化祭などで、他生徒とばか騒ぎをするようなタイプではなかった。
無口でクールで無愛想。
というのが、クラスの女性徒間での彼の評価だった。
そのわりに受けが良かったのは、涼しげな目もとに代表される、いわゆる女の子好みのルックスをしていたためだろうと思われる。
また、週番などの与えられた役割をきっちりとこなすという、律儀さと誠実なところにも評価を高くする要素があったのかもしれない。
だが瑤子は、特に和哉に関心はなかった。
……少なくとも、あの日までは。
「ごめんなさい。今日は、駄目なの」
「そう? 残念だな……」
するり、と、ほどかれる腕。艶めいたささやきと共に。
いつもながら、自分と同い年である彼が、衝動をコントロールできることに感心させられてしまう。
放課後の美術準備室。
筆洗に水を汲んでいた瑤子を背後から抱きしめてきた蒼。
この場においてのみ互いを求め合うようになり、数ヶ月くらい経つ。
瑤子にとっては、蒼は初めての異性ではあるが、蒼はそうではない。
それは、彼のそういった対応の仕方からも窺えるが、それ以上に女の扱い方、つまり、悦ばせ方を知っている。
「……あなたって、ひどい人ね」
つぶやく瑤子に他意はない。
本当に、そう思ったからこそ、だされた言葉。
「おれが? どうして?」
軽くいなして、ふっと笑う。
平然とした態度を見せつける、それこそが事実を物語っているのだが。
流れたままの水を見やって、瑤子は蛇口に手を伸ばす。
小さく笑いながら口をひらいた。
「だって、そんなにあっさり引き下がるなんて、寝られない女には価値がないって言っているようなものよ?」
「心外だな」
瑤子の瞳をのぞきこんで、蒼は首を傾ける。
蛇口に置かれた瑤子の手の甲に、自分の手のひらを重ね、続けて言う。
「……でも、おれの態度が、君の気に障ったのなら、謝るよ。
ごめん」
告げられた言葉が、記憶の片隅にある痛みに触れ、瑤子は語るべき声を失った。
(いまの、言い方……!)
気づいた時は、蒼に唇を奪われていた。
こちらの理性をくずさせるには、十分に足るくちづけ。
「───っ……やめて……!」
空いた一方の腕を使って、蒼の胸を押しのける。
「……《瑤子ちゃん》?」
呼びかけが、決定的なものだった。
蒼の驚いた顔を見て、あわてて彼から視線をそらす。
自分のなかにある感情を抑えこみながら、瑤子はふわりと笑う。
「───今日は駄目って、言ったでしょう?」
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