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第三章 ── 関谷 尚斗 ──
五月雨──捨て猫と少年【2】
しおりを挟む少年が着替えている間に、瑤子は中学時代の友人宅へ電話をかけた。
猫好きで、すでに数匹飼っていた彼女だが、二つ返事で仔猫を引き取ると約束してくれた。
「えぇ。じゃあ、今度の日曜日ね。ありがとう、助かるわ。
───またね」
電話を切ったところで、少年がリビングに入ってきた。
「飼い主、見つかったんだ」
さきほどの会話が聞こえたのだろう。ホッとしたように表情をくずした。
抱えた仔猫を、自分の目の高さへと上げた。
「良かったな」
屈託なく笑う。
少年、と呼ぶのにふさわしい男の子だと、瑤子は思った。
「……座ってて。何かあったかい飲み物、持ってくるから」
素直にうなずく少年に、瑤子はふわりと笑ってみせた。
計算してつくった笑みではない。彼の態度に、自然と頬がゆるんだのだ。
(弟って、こんな感じなのかな)
牛乳を電子レンジで温めながら、そんなふうに思う。
兄弟のいない自分にとっては、想像でしかないが。
猫用の物と、ココアの入ったマグカップを持って、リビングに戻る。
(え……)
思わず立ち尽くしてしまう。
少年はソファーの上で、仔猫を抱いたまま寝息を立て横になっていた。
(どういう神経しているのかしら)
胸のうちで皮肉りながらも、寝室から毛布を持ってきて、かけてやる。
眠った顔は、少年をいっそう幼くさせていた。
仕方なく、少年の手のなかからずり落ちそうになっていた仔猫を抱き上げる。
まだ眼も開いていない、頼りないふにゃふにゃとした体。母親を探すように、鼻を動かす。
(どうして、こんなに可愛いくて小さな生き物を捨てられるんだろう……)
何か事情があってのことだとは思う。だが、それは人間のエゴでしかないはずだ。
本来、野生だったものを飼い慣らした責任は、その一生涯の面倒をみてしかるべきだと、瑤子は考える。
しかし、世の中の人間すべてがそのように考えているのなら、野良犬や野良猫が、社会問題にはならないはず。
実際、法律的には物扱いにされるペットだが、そういう輩は法律以前に犬や猫を、『物』としか見ていないのだろう。
(同じ生き物なのに……)
犬や猫が『物』扱いされると知った時の、自身のショックを思いだす。
(きっと……彼もそう思ったんだわ……)
無力な自分を、恥じ入るような瞳をしていた。
目を伏せる。
綺麗すぎる心は、これから幾度も彼自身を傷つけるだろう───。
ふと、仔猫に指の腹を吸われる。
あわてて人肌に温めたミルクの皿に指を浸し、仔猫の口もとへと近づける。
しばらく鼻をヒクヒクさせたあと小さな舌で瑤子の指をなめだした。
(くすぐったい……)
同時に、とても愛しい存在に思えてくる。
瑤子は同じ動作を繰り返した。
途中から、仔猫は瑤子の人差し指を前足で抱え始めた。
「───かわいいね」
静かだった空間に、そんな声が割って入る。
仔猫に夢中になっていた瑤子は、我に返った。
気づかぬ間に起きていたらしい少年が、微笑んでこちらを見ていた。
「そうね……」
相づちをうって、彼を見返す。少し照れくさい思いで。
「さっき……あんなこと言って、ごめんなさい。言いすぎたわ」
「あっ、オレ別に、そんなつもりで言ったんじゃなくてっ───」
瑤子の言葉にあわてふためく。
身体にかけてやった毛布が、カーペットの上にすべり落ちた。
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