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第二章 ── 前田 圭一 ──
再会──秘めごとの続き【4】
しおりを挟む「……わがまま言って、ごめんなさい……」
シャツのボタンに手をかける圭一に、小さな声で告げる。
心地よい疲労のなか、思うように出ない声を操って。
すると、穏やかな微笑が返された。
「最後だって、言ってただろ?
……それに慣れてるしね、君のわがままには」
その笑みに、いたずらっぽさが含まれる。
あの頃と寸分違わない眼差しに、ボタンを留めず羽織っただけのパジャマのままで、瑤子は圭一に身を寄せる。
……感じる体温も、変わってはいない。
「───ありがとう」
瑤子が告げると、大きな手のひらが瑤子の後頭部へと伸ばされた。
その指が、そっと髪をなでる。
「俺も言うよ、ありがとう」
圭一の唇が瑤子の頬に押しあてられる。
と、何を思ったのか、その唇から小さな笑いがこぼれた。
「こんなこと言うのもどうかと思うけど───瑤子ちゃん、いま、好きなヤツいるの?」
「えっ……」
返答につまる。
まさか、この場で尋ねられるとは予想もしなかっただけに。
とまどう瑤子に、圭一は軽く肩をすくめた。
「いや。君を困らせようと思ったんじゃなくて……なんとなく。そいつに悪いかなと思って」
「あのね、ケイくん───」
言いかけた瑤子に首を振ってみせ、圭一はおもむろに身体を離す。
その目が、伏せられた。
「今日のことは、4年前の続きだって、思ってる。
君も、そのつもりで俺を呼んだんだってことは、察しがついてたしね」
瑤子は何も言えずに、圭一を見つめた。
ベッドを降り、身なりを整えながら、圭一は先を続ける。
「時間が、あのまま止まっているのを……ずっと気にかけていたんだ。
だからこそよけいに、後悔してた。君に、近づきすぎたこと」
それは多分、精神的にも肉体的にも、ということなのだろう。
圭一にしてみれば妹のように接していた瑤子と、恋愛関係を結ぶことに罪悪感を抱いていたのかもしれない。
「後悔してるの? いまも」
小さく問いかける。圭一は、ふっと笑った。
「……してたら、来ないよ」
言って、ベッドの端に浅く腰かける。瑤子の片頬に、指先で触れた。
「気づいたからね。俺が、君に支えられてたんだってことに」
「私が、ケイくんに、じゃなくて?」
「もちろん、それもあったと思うけどね。
同じくらい、俺にも君が必要だったんだ……あの頃は。
理由はいろいろと思いついたよ。
だけど、最終的には理屈じゃなくて、ただ君が……瑤子ちゃんが、そこに居てくれることが大事だったんだって、分かった」
瑤子と瞳を合わせ、圭一は笑う。
その微笑みが、次第に哀しげなものへと変わっていく。
「それを壊したのは、俺だけどね。軽率だったって振り返るのは簡単だし、そう思ってもいた。
君を目の前にして言えるのは、あの時の俺は俺なりに、君と真剣に向かい合っていたってことだよ。
だから、あのままの思い出じゃ、あまりにも情けないし、悔しいし……つらかった」
落ち着いた声のなかから、圭一の今までの葛藤が窺えた。
瑤子は、自分も同じ想いでいたことに気づき、胸が熱くなった。
涙が……あふれそうになる。
「だから、今日こうして君と逢うことができて、本当に良かったと思うよ。
これで……ふっ切れる」
独りごとのように付け足した直後、圭一は苦笑しながら瑤子を見る。
「俺の自己満足にすぎないかな?」
瑤子は大きく首を振った。
決して、そうではないという証のために……何度も。
「そっか……。じゃあ、俺、行くよ」
ホッとしたように、圭一は表情を和らげた。
そして、机の上に置かれた眼鏡を取り上げる。
瑤子はベッドから腰を上げかけたが、圭一が片手でそれを制した。
「いいよ、見送りは。……ここで、別れよう」
圭一からだされたひとことに、胸がしめつけられる。
───別れ。
少なくとも、こんな形で互いに逢うことは、もうないはずだ。
さかのぼったように思えても、時間は確実に現在時刻を流れている。
瑤子は、長く伸びた自分の髪に、それを実感する。
だからこその慰め合い。
普通なら虚しく思えるような行為も、ふたりにとっては意味のある時間。
「───さよなら」
瑤子の声は、かすれて出た。
精一杯の笑顔を向けたのは、あの頃のように引き止めてはいけないことを、知っているから。
「元気で」
穏やかな声音。向けられる、優しい笑顔。
「ケイくんも……」
うなずいて、なんとか言葉をつむいだ───限界がくるのは、彼があの扉の向こうに消えてから。それからだ。
「じゃあな」
短くて、けれども、せつないほど耳になじんだ言葉を残し、圭一は瑤子の部屋を出て行った。
それを見届け、ひざを抱え顔を伏せる。
(───いまでも、好き……)
声を殺して泣く。
まだ……彼はこの家のなかにいるから。
(だけど、この想いは、過去を引きずってる)
圭一の足音が、どんどん遠ざかっていく。
(こうすることでしか、歩きだせなかった……)
───夜は長い。
ひとりで泣き明かすのも、悪くはないと、瑤子は思っていた。
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