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宴もよう〜花嫁に告ぐ〜
【七】
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視線が釘付けになったままの咲耶に目を向け、闘十郎が笑った。
「すまんが、水をもらえるかの」
「あ、はい! すぐに……」
と、言いかけたところで、いつの間にか闘十郎たちの側にいた椿が、水が入っているだろう椀を差し出す。
「百合、水だ」
「んんー……とぉ~じゅ~ろぉがぁ、ユリにぃ飲ませてくらはい」
クチれ。と、黒髪の美女のしなやかな指先が、老齢な心の少年の唇に、触れる。
咲耶の側で少女と女モドキの青年が、
「口移しだって!」
「いや~ん、ユリさんってば大・胆」
と、冷やかしの歓声をあげた。
「百合、わしを困らせるでない」
(でっ、ですよね~!)
胸の内で大きくうなずいて、咲耶は苦笑いの闘十郎に同意した───が。
「キャーッ!」
(ぎゃーっ)
可愛いらしい少女の声とつややかな青年の声が、咲耶の内心の絶叫と重なった。
白いのどがコクンと嚥下する様を、咲耶はあ然と見ていた。
自らの“花嫁”の唇をふさいだ黒い“神獣”の“化身”が、おもむろに伏せた顔を上げる。
「皆の衆、騒がせたの。わしらはこれで暇申そう」
言って、腕のなかで半分眠ってしまっているような百合子を背負い、闘十郎が一同を見渡した。
そのまま玄関へ向かう彼らを、我に返った咲耶は、あわてて追いかける。
「大したお持て成しもできずに、すみません!」
「なに、楽しい夜じゃった。百合のこの姿が、良い証拠よ」
ちら、と、闘十郎の目が、自らの背を覆う正体を無くした美女を見やる。
「とぉじゅうろぉ、好きぃ」という寝言が、その唇からもれ聞こえた。
いつくしむような微笑みを浮かべたのち、闘十郎が静かに告げる。
「……百合のぼた餅は美味じゃぞ。近いうちに、わしの屋敷に参れ。馳走する」
「はい、ぜひ。和彰と伺います」
元気良く返す咲耶に、人懐っこい少年の笑みがなお深まった。
*
「───妾のもとへ来る気はないかえ?」
「おそれながら、それはどういう……」
「“眷属”として召し抱える、という意味じゃ」
闘十郎たちを見送り、台所へ立ち寄ろうとした咲耶の耳に、そんな会話が入ってきた。
(この声……綾乃さんと、犬貴だ)
咲耶は台所に入りかけた足を、思わず止めてしまう。
会話の意図する方向に、目の前で扉が閉ざされた気がしたからだ。
以前に犬貴に対して感じた、立ち入れない心の領域。
「もとより、それがそなたの願いだったはず。違うかえ?」
「私は……」
「白い“花嫁”の“神力”が、“神逐らいの剣”を上回ると証明されたいま、萩原家は愚息にとって脅威にはなるまい。
そなたの『役目』は終いじゃ」
「ですが、私は……」
「もっとも」
直後、綾乃の澄んだ高い声は、咲耶の背後でした。
「このように、立ち聞きが趣味という品のない“主”が良いというのなら、話は別じゃがな」
驚いてビクッと身を縮めた咲耶は、小柄な美少女の手によって背中を強く押しやられる。
気まずい思いで台所に入れば、黒い虎毛犬が深い色合いの瞳で咲耶を見下ろしてきた。
「……咲耶様」
「返答はすぐにでなくとも構わぬ。
愁月の身体は、もうしばらく持ちこたえそうじゃからな」
この場にいる咲耶など眼中にない素振りで、可憐な美少女は犬貴だけを艶然と見つめていた。
「すまんが、水をもらえるかの」
「あ、はい! すぐに……」
と、言いかけたところで、いつの間にか闘十郎たちの側にいた椿が、水が入っているだろう椀を差し出す。
「百合、水だ」
「んんー……とぉ~じゅ~ろぉがぁ、ユリにぃ飲ませてくらはい」
クチれ。と、黒髪の美女のしなやかな指先が、老齢な心の少年の唇に、触れる。
咲耶の側で少女と女モドキの青年が、
「口移しだって!」
「いや~ん、ユリさんってば大・胆」
と、冷やかしの歓声をあげた。
「百合、わしを困らせるでない」
(でっ、ですよね~!)
胸の内で大きくうなずいて、咲耶は苦笑いの闘十郎に同意した───が。
「キャーッ!」
(ぎゃーっ)
可愛いらしい少女の声とつややかな青年の声が、咲耶の内心の絶叫と重なった。
白いのどがコクンと嚥下する様を、咲耶はあ然と見ていた。
自らの“花嫁”の唇をふさいだ黒い“神獣”の“化身”が、おもむろに伏せた顔を上げる。
「皆の衆、騒がせたの。わしらはこれで暇申そう」
言って、腕のなかで半分眠ってしまっているような百合子を背負い、闘十郎が一同を見渡した。
そのまま玄関へ向かう彼らを、我に返った咲耶は、あわてて追いかける。
「大したお持て成しもできずに、すみません!」
「なに、楽しい夜じゃった。百合のこの姿が、良い証拠よ」
ちら、と、闘十郎の目が、自らの背を覆う正体を無くした美女を見やる。
「とぉじゅうろぉ、好きぃ」という寝言が、その唇からもれ聞こえた。
いつくしむような微笑みを浮かべたのち、闘十郎が静かに告げる。
「……百合のぼた餅は美味じゃぞ。近いうちに、わしの屋敷に参れ。馳走する」
「はい、ぜひ。和彰と伺います」
元気良く返す咲耶に、人懐っこい少年の笑みがなお深まった。
*
「───妾のもとへ来る気はないかえ?」
「おそれながら、それはどういう……」
「“眷属”として召し抱える、という意味じゃ」
闘十郎たちを見送り、台所へ立ち寄ろうとした咲耶の耳に、そんな会話が入ってきた。
(この声……綾乃さんと、犬貴だ)
咲耶は台所に入りかけた足を、思わず止めてしまう。
会話の意図する方向に、目の前で扉が閉ざされた気がしたからだ。
以前に犬貴に対して感じた、立ち入れない心の領域。
「もとより、それがそなたの願いだったはず。違うかえ?」
「私は……」
「白い“花嫁”の“神力”が、“神逐らいの剣”を上回ると証明されたいま、萩原家は愚息にとって脅威にはなるまい。
そなたの『役目』は終いじゃ」
「ですが、私は……」
「もっとも」
直後、綾乃の澄んだ高い声は、咲耶の背後でした。
「このように、立ち聞きが趣味という品のない“主”が良いというのなら、話は別じゃがな」
驚いてビクッと身を縮めた咲耶は、小柄な美少女の手によって背中を強く押しやられる。
気まずい思いで台所に入れば、黒い虎毛犬が深い色合いの瞳で咲耶を見下ろしてきた。
「……咲耶様」
「返答はすぐにでなくとも構わぬ。
愁月の身体は、もうしばらく持ちこたえそうじゃからな」
この場にいる咲耶など眼中にない素振りで、可憐な美少女は犬貴だけを艶然と見つめていた。
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