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宴もよう〜花嫁に告ぐ〜
【一】
しおりを挟む月は煌々と明るく、屋敷の中庭を照らしていた。
夜になり冷え始めた空気も、屋敷内のモノたちの熱気のためか、それを感じさせなかった。
「つ、椿さん。この器、こちらで良い、ですか?」
「はい。あとは犬貴が───」
「おーい、椿チャン。コレ捌いちまっていいかー?」
「いいえ。それは、コク様やセキ様がお見えになってからでないと」
「───えっと、椿ちゃん。私も何か、手伝うよ」
“眷属”たちに指示を出し、自らも忙しなく動く“花子”の少女に、咲耶はためらいがちに声をかけた。
くるり、と、“主”に向き直った椿が、微笑んで咲耶を見上げる。
「姫さま。今宵の宴……『ぱーてぃ』は、姫さまのためのもの。
どうぞ、お部屋でお待ちくださいませ」
椿の有無を言わせぬ口調は、年下ながら咲耶を圧倒するものだ。
咲耶は、しぶしぶ折れるしかなかった。
(人寄せしてるのに何もしないで部屋にいるって、落ち着かないんだけどなぁ)
あわただしくしている彼らを尻目に、咲耶は屋敷の奥にある自室へと戻る。
「……追い返されたか」
「うん。ある意味ジャマ者扱い」
ガックリとうなだれる咲耶の片手が、ひんやりとした指先につかまり、引き寄せられる。
「ならば、このまま私の側にいれば良い」
「へっ? だって、和彰、なんか読んでたんじゃないの?」
「お前がいるのに目を通さねばならぬ書物などない」
頭上から落ちてくる抑揚のない低い声音。
仰向けば、微笑む和彰と目が合った。
「……そっか。えへへ」
我ながら、しまりがない顔をしているだろうと思いながらも、咲耶は甘えるように和彰の胸にすがりつく。
「咲耶───」
「咲耶さまぁっ」
甘いささやきは、可愛いらしい“眷属”の呼び声にかき消された。
次いで、無粋に勢いよく開かれる障子。
「コク様たちが、お見えになりましたよっ」
「…………うん、分かった」
転々の声に反応し和彰から遠のいた咲耶と、愛しい者がいたはずの空間を保持する和彰に、キジトラ白の猫が小首を傾げた。
「お二人とも、どうかなすったんですか?」
黒虎・闘十郎と、その“花嫁”百合子は到着したが、もう一方の赤虎たちがやって来ない。
犬朗の話によれば、ふたり共に快諾してくれたようなので、来る気がないわけではないだろうと、一足先に宴を始めることとなった。
「よく『こちら』に戻る気になったな」
正面を向いたまま、玲瓏な声音が告げる。
視線の先の中庭では“眷属”たちが寸劇を披露していた。
強欲な老夫婦と善良な老夫婦が出てくる寓話のようだ。
強欲な老夫婦を犬貴と犬朗、善良な老夫婦をたぬ吉が“変化”で二役演じ分け、転々が狂言回しをしている。
(犬貴、棒読み過ぎる……)
咲耶は思わず、笑みをこぼした。
「こちらで……大切なものを、たくさん見つけてしまいましたから」
濡れ縁に並べられた膳には酒と、蘇と呼ばれる乳製品の固形物や、貝と小魚の甘露煮があった。
犬朗が海から獲ってきて捌いた、魚の刺身もある。
それらには手を付けず、淡々と百合子は話を続ける。
「私は『こちら』に来る直前、肉親をすべて失っていた。美穂も、幼い頃に両親を亡くしたと聞く。
だが、お前はそうではなかった」
咲耶の右隣に百合子を挟み、その隣にいる闘十郎が、タヌキ耳の少年と犬と猫の芝居を囃し立てていた。
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