96 / 101
第六章 ふたりで奏でる最高の舞台
甘美な歌声──『愛のあいさつ』【2】
しおりを挟む†††††
「……やってくれたな」
鳴り止まない拍手と歓声が響くなか、それらにかき消されそうなほどの低く苦々しげな声を、泰造は発した。
テーブルの上には、プログラムと、数枚の書類が置かれていた。
その文面のなかに『廃嫡』『素行不良』という文字が見える。
「未優は、当主の器ではありません。それはあなたが、一番よくご存じのはずでしょう?」
「しかし、あれは最後のイリオモテの女だ。それを……廃嫡するなどと、君は……!」
「───確かに、未婚で若く……出産適齢期の女性は、彼女しかいません。しかし、女性がいないわけではない。
実際、私の叔母は、今、第三子を懐妊中ですし」
泰造は慧一に向き直った。にらみながら、告げる。
「我が一族に女が生まれる確率が少ないのも、君は知っているはずだ。誰かが孕めば良いということではない!」
「……それほど血筋にこだわるというのなら、よその“種族”でもやっている体外受精や顕微鏡受精にでも踏み切りますか。
もちろん、卵子の提供は、お嬢さんにお願いすることになるかと思いますが」
「君は……! 君は本当に、真顔でさらっと、非道いことを言ってのけるな……!」
泰造はあきれ果てて、物が言えなくなった。
なんてことだ。こんな男に危うく可愛い娘を差しだすところだった……。
彼の方から婚約を破棄してくれたことは、不幸中の幸いだ。
「未優は、《猫山の家》に必要のない人間です。
……少なくとも、ただの《女》としての価値は、イリオモテの血をひく娘というだけで、何もない。
あなたは『山猫族』の存続を憂えるが、それなら、ツシマに代わってもらえばいいだけのこと。
何も、『山猫族』の“血統”は、イリオモテだけではありませんしね。
けれども───」
歓声と拍手が、ひときわ高くあがる。カーテンコールが行われていた。
未優の誇らしげな顔が、薄型の映像機に映しだされる。
「《ここでなら》、彼女は特別な人間になる。あなたも個人的な付き合いなどで、“舞台”をたくさん観てきているはず。
なら、解るはずだ。彼女が、いかに素晴らしい“歌姫”になる可能性を、秘めているかが」
強い口調で語る慧一を、泰造は驚いて見返した。
眼差しにこめられた意志の光に、射ぬかれる。
ようやく泰造は、慧一の真意に気がついた。
……どうやら、自分の目に狂いはなかったようだ。たとえ、娘婿には向かなくとも。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる