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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

甘美な歌声──『愛のあいさつ』【1】

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『人魚姫』の第三幕は、王子が偶然通りがかった娘を命の恩人と勘違いし、王子と娘の結婚が決まってしまうところで終わっていた。

留加の弾く『愛のあいさつ』が流れだすと、館内の空気がざわついた。

悲劇を迎えるはずの終幕に甘美な音色はそぐわないと、誰もが思ったその時。

未優の透き通った優しい歌声が響いた。
一瞬で、人の心のうちを清らかにさらっていく歌声は、確かに悲しみを伝えてくる。

しかしそこに、切々とした訴えかけるような、苦しみを解って欲しいというような、押しつけがましさはない。

ただ純粋に悲しみが表現されているからこそ、聴く者の心に、深い悲しみが宿り、胸を痛ませた。

『この短剣で、あの方に血を流させれば、わたくしは人魚に戻れると、そうおっしゃるのですね、お姉様……!』

掲げられた未優の手に、そんな短剣など存在しない。
だが、そこに《在る》と、観客は皆、感じていた。

人魚姫は、惑う。

王子は自分を命の恩人だとは気づかず、そして自身も声を失い、王子に伝えるすべをもたない───。

『あの方をあやめれば、わたくしは……』

身体が、小刻みに震える。だが───。

人魚姫は、短剣を海へ投げ捨てた。その顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。

『いいえ! いいえ、お姉様。わたくしは幸せなのです。
あの方のもとで、あの方と共に在れたこと、微笑みを向けられたこと。
わたくしを呼ぶ、あの方の声音が、今もこの胸に在ること』

側にいられたこと。優しい言葉をかけられたこと。

その想い出が、甘くて優しい痛みを伴い、人魚姫の胸の内に宿っていた。

やわらかな語り口調から、ごく自然に変化した歌声は、甘美な弦の音色と重なり合う。

舞台端まで歩を進めた未優は、そこから、ふわりと宙を舞った。
海の碧を映した色のドレスが、羽根のように広がった。

ゆるやかで、優雅な跳躍は、人魚姫が海に身を投げたことを物語っていた。

音もなく着地した未優は、舞台の中央で、祈るような人魚姫の最期の想いをよく響く、澄んだ声音で告げる。

『海の泡と消えても、わたくしの想いは、ここに───』

その声音が、わずかな沈黙ののち、天から降り注ぐ光のような歌声を、放つ。

甘すぎないヴァイオリンの旋律が人魚姫の高潔な魂と共鳴し、清らかで無垢むくな歌声が、無償の愛の行く末を気高くたたえていた。

(留加……あなたに会えて、良かった……)

歌いながら、未優は留加を想う。

大好きで、大切な人を。
愛おしくて狂おしいこの想いは、人魚姫の……そして未優の想いだった。

ふいに、ヴァイオリンの音色が歌声に応えるように、高く澄んだ甘い優しさを含んで未優に届く。

留加を振り向きかけて、けれども未優は、ただその音色に同調するように、歌声をより澄んだ甘美なものへと変えていく───。



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