【完結】婚約者も求愛者もお断り!欲しいのは貴方の音色だけ

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
94 / 101
第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

甘い痛みをかかえ、舞台へ【3】

しおりを挟む


†††††


控え室で、未優は瞑想していた。

昨晩、不安な胸のうちをすべて留加に吐露していたせいか、不思議と気分は落ち着いていた。

(……留加に手、握られちゃったんだっけ)

思いだした事実に、未優の胸は高鳴る。

(もうっ、また違う意味でドキドキしてきちゃったよ……!)

せっかく落ち着いていたのに、と、なんだか留加が憎らしく思えてくる。

これでまた、
「なんの話だ」
などと言われたら、目も当てられない。

「───未優さん、お支度は整いましたか?」

ノックの音と共に、薫が声をかけてくる。

未優が返事をすると、ふふっと笑いながら中へと入ってきた。

「では、参りましょうか、姫? お手をどうぞ」

「……一人で歩けるんだけど」

「そんなつれないこと言わないで。留加のいる舞台袖まででいいから。ね?」

「……あんたが来られるのって、そこまでじゃん」

「うん。そうだよ。だから」

未優の素っ気なさも突っ込みもものともしない薫に、未優は思わず噴きだした。
差し出された手を取る。

「薫って、ホント変わってるね」

「そう? 僕はフツーだと思ってるけど、よく人から言われるんだよねー」

歩きだしながら、薫は未優に笑ってみせた。

「でもね、僕の《耳》は変わってないよ。僕が良いと思うものは、多くの人も良いって思えるものだから。

今日の君の“舞台”、本当に楽しみだよ。
僕は世話係になって後悔したことはなかったけど、ひとつだけ失敗したなと思ったのは、君の“舞台”を客席で観られなくなってしまったことかな?

まぁ、その代わり、君のいろんな表情や仕草を、間近で見られるようにはなったんだけどね。

───あぁ、君の王子様が待っているね。僕の役目は、ここまでかな。
行ってらっしゃい、未優。最高の“舞台”を、期待しているよ」

つかまれた指先にキスされて、未優は思わず手を引っこめたが、初めて会った時のように、それをぬぐう真似はしなかった。

……薫が寄せてくれた想いを、むげにはできなかった。

「……落ち着いているようだな」

留加に言われて、未優は改めてそんな自分を自覚する。動揺していた昨晩が嘘のようだ。

───きっと、初心にかえることができたからだと、未優は思う。

(先のことなんて解らない。でも、いま、あたしは“歌姫”でいる)

だったら、その名に恥じない“舞台”を務めあげよう。

ひとつ、ひとつ。でも、確実に───。

「だって、側に留加がいてくれるから。だからあたしは、最高の“舞台”をお客さんに観てもらえると思う」

「そうだな。君と共に奏でる音を、旋律を……“舞台”にして、届けよう」

留加の優しい微笑みに、未優は甘い痛みを抱えながら、舞台の中央へと歩み出た。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

苺のクリームケーキを食べるあなた

メカ喜楽直人
恋愛
その人は、高い所にある本を取りたくて本棚と格闘しているサリを助けてくれた人。 背が高くて、英雄と称えられる王族医師団の一員で、医療技術を認められて、爵位を得た素晴らしい人。 けれども、サリにだけは冷たい。 苺のクリームケーキが好きな教授と真面目すぎる女学生の恋のお話。 ムカつく偏屈ヒーローにぎりぎりしながら、初恋にゆれるヒロインを見守ってみませんか。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...