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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台
甘い痛みをかかえ、舞台へ【3】
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控え室で、未優は瞑想していた。
昨晩、不安な胸のうちをすべて留加に吐露していたせいか、不思議と気分は落ち着いていた。
(……留加に手、握られちゃったんだっけ)
思いだした事実に、未優の胸は高鳴る。
(もうっ、また違う意味でドキドキしてきちゃったよ……!)
せっかく落ち着いていたのに、と、なんだか留加が憎らしく思えてくる。
これでまた、
「なんの話だ」
などと言われたら、目も当てられない。
「───未優さん、お支度は整いましたか?」
ノックの音と共に、薫が声をかけてくる。
未優が返事をすると、ふふっと笑いながら中へと入ってきた。
「では、参りましょうか、姫? お手をどうぞ」
「……一人で歩けるんだけど」
「そんなつれないこと言わないで。留加のいる舞台袖まででいいから。ね?」
「……あんたが来られるのって、そこまでじゃん」
「うん。そうだよ。だから」
未優の素っ気なさも突っ込みもものともしない薫に、未優は思わず噴きだした。
差し出された手を取る。
「薫って、ホント変わってるね」
「そう? 僕はフツーだと思ってるけど、よく人から言われるんだよねー」
歩きだしながら、薫は未優に笑ってみせた。
「でもね、僕の《耳》は変わってないよ。僕が良いと思うものは、多くの人も良いって思えるものだから。
今日の君の“舞台”、本当に楽しみだよ。
僕は世話係になって後悔したことはなかったけど、ひとつだけ失敗したなと思ったのは、君の“舞台”を客席で観られなくなってしまったことかな?
まぁ、その代わり、君のいろんな表情や仕草を、間近で見られるようにはなったんだけどね。
───あぁ、君の王子様が待っているね。僕の役目は、ここまでかな。
行ってらっしゃい、未優。最高の“舞台”を、期待しているよ」
つかまれた指先にキスされて、未優は思わず手を引っこめたが、初めて会った時のように、それをぬぐう真似はしなかった。
……薫が寄せてくれた想いを、むげにはできなかった。
「……落ち着いているようだな」
留加に言われて、未優は改めてそんな自分を自覚する。動揺していた昨晩が嘘のようだ。
───きっと、初心にかえることができたからだと、未優は思う。
(先のことなんて解らない。でも、いま、あたしは“歌姫”でいる)
だったら、その名に恥じない“舞台”を務めあげよう。
ひとつ、ひとつ。でも、確実に───。
「だって、側に留加がいてくれるから。だからあたしは、最高の“舞台”をお客さんに観てもらえると思う」
「そうだな。君と共に奏でる音を、旋律を……“舞台”にして、届けよう」
留加の優しい微笑みに、未優は甘い痛みを抱えながら、舞台の中央へと歩み出た。
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