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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台
甘い痛みをかかえ、舞台へ【1】
しおりを挟む未優は溜息をついた。
何度も何度も書き加えては訂正し、そしてたどり着いた『人魚姫』の終幕の“解釈”が入った“演譜”を、握りしめる。
もう一度だけ、と、歌い語りだそうとしたその時、防音室に留加が入ってきた。
「……まだ起きているつもりか?」
言って、留加が未優に近づいてくる。
未優の手にした“演譜”に目を留め、息をつく。
「今日は休んで、明日にしたらどうだ。“舞台”は夜の開演だ。リハの前に練習することも可能だろう。
……身体を休めることも、必要なはずだ」
「うん。そうだよね。解っているんだけど、でも……!」
丸テーブルの上で、未優は、ぎゅっと拳を握りしめた。
不安で、たまらなかった。
「実力も経験もハンパなあたしが『女王』を決める大会に出られるかもしれないだなんて……幸運すぎて、ずっと、実感がわかなくて。
だから、綾さんの胸を借りるつもりで、楽しんで『人魚姫』をやろうって、心のどこかで思ってた」
シェリーに「甘い」と指摘されたにも関わらず。
「でも、今日の綾さんの“舞台”を観ているうちに、そういう自分の考えが、本当に甘かったんだって、自覚したの」
シェリーの言う通りだった。
一人一人が競い合い、高め合って、より良い“舞台”を創りあげていく。
その過程は楽しんだとしても、本番の“舞台”では自分でなく観客を楽しませなくてはいけないはずだ。
───プロの、“歌姫”として。
「だからあたしは、今日の綾さんの“舞台”よりも、もっと良いものをお客さんに届けたいって、思った。
それで、部屋に戻って来てから急に練習したくなって……」
テーブルの上に置いた“演譜”を指でなぞる。
留加と一緒に少しずつ積み重ねてきた結果が、ここに表れている。
「あたし……本当に、“歌姫”として“舞台”に立てて良かったって、思うの。
留加と音を合わせて、“解釈”を議論して、また歌って、語って……踊って。その繰り返しが、とても楽しくて、仕方がないんだ。
緊張も、するよ? 技術だって、まだまだだって、思う。
だけど───だからっ……!」
ふいに、涙がこぼれた。
“演譜”の上に落ちたそれが、染みをつくる。
「あたし……“歌姫”でいたい! ずっと、これから先も……留加と一緒に、やっていきたいよ……!」
明日の“連鎖舞台”で、“女王選出大会”の出場者が決まる。
仮に、未優が“第三劇場”の代表者として選ばれたとしても、『女王』になれるとは限らない。
いや、その可能性は極めて低いだろう。
(だけど、このチャンスを逃して……次は、いったいいつ、『女王』になれるチャンスがやってくるんだろう……?)
二十歳までの期限付き“歌姫”の未優にとって、例えわずかな可能性であったとしても、『女王』になれるかもしれないこの機会は逃せなかった。
綾に胸を借りるどころではない。
その綾の上をいき、さらにそのまた上を、めざさなければならないのだ───。
「思いつめた音は、思いつめた響きにしかならない」
ポツリと留加が言をもらす。
未優は涙をぬぐって、留加を見返した。
青い瞳は鏡のように、真っすぐに未優を映しだす。
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