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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台
王女の秘密と意趣返し【3】
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“歌姫寮”の屋上は通常、立ち入り禁止である。数十年前に飛び降り自殺者が出たためだ。
しかしシェリーは、涼子と懇意であるために、そこへ続く扉の合鍵を従業員以外で唯一、手にしていた。
夜空には星が小さく瞬き、シェリーを見下ろしている。
空気が澄んでいて、よく見える星空は、彼女のお気に入りだ。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「あら。私、今日は久々のオフのはずよ?」
“舞台”も、夜の「接客」も。スケジュールを管理している彼がそれを知らないはずがない。
「えぇ。だから来ました」
「そう。何しに?」
「《また『女王』への挑戦を断られた》のは、なぜですか?」
シェリーは笑った。その質問は、これで今日、二度目だ。
「秘密」
人差し指を唇に立て、シェリーはいたずらっぽく清史朗を振り返る。
ふっ……と清史朗は、微笑んだ。
「あなたがおっしゃっていた《とても大切で愛しい人》というのも秘密ですか?」
「……立ち聞き? シローがそんな悪趣味だったなんて、意外だわ」
「そうですか? 《オレ》がけっこう悪趣味だってこと、あなたなら、とっくにご存じかと思ってましたよ」
シェリーは噴きだした。片手で白金の髪を払う。
「シローのは、悪趣味じゃなくて……イジワル、でしょ?」
「ちょっとした、意趣返しですよ」
今度こそシェリーは声にだして笑った。
いったい、何年前の話を蒸し返しているのだ───。
「根にもつタイプだったわけね。よく解ったわ」
「そう、しつこいんですよ、オレはね」
瞬間、シェリーは腰をひかれ、唇を奪われていた。
深く強く求めるその唇に応えながら、シェリーは清史朗の片耳に触れる。
いつもは褐色のくせ髪に隠れている“ピアス”が現れた。
十字型の金色───『狼族』の“純血種”の証。
「……『狼』の“純血種”が、本気で“異種族間子”を相手にするはずがない。馬鹿にされたんだって、思ったわ」
「そうして、十七の純情少年を、むげにふってくれたわけですか。
……あなたは、ご自分の魅力をよく解ってらっしゃらないようだ」
自らの両頬を包みこんだ清史朗の手にシェリーは片手を伸ばし、指先で触れた。
ふふっと笑い、漆黒の瞳を仰ぎ見る。
「私が解らなくても、シローが解っているなら、それで充分よ」
「えぇ、確かに」
微笑みを返しながら、清史朗は身をかがめ、ふたたびシェリーの顔に自らの顔を近づけた───。
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