88 / 101
第六章 ふたりで奏でる最高の舞台
王女の秘密と意趣返し【2】
しおりを挟む
「綾さんはさ~、そりゃ美人だし語りも上手いよ? だけど、いっつも不機嫌そうっていうか~。
能面女! って感じで、表情がねぇ~。まぁ“歌姫”の“舞台”は表情あんま関係ないっちゃ、ないんだけど」
(……能面女……)
愛美の言いぐさに、ふと綾の顔を思いだす。涼しげな美人だ。
しかし、愛美の言うように、常にピリピリとした空気を身にまとっていて、近寄りがたい。
「嫌い」と言われた一件を抜きにしても、お世辞にも愛想がいいとはいえなかった。
「ねっ? だから未優、あの綾さんに、いっぺんギャフンっていわせてやんなきゃ!
世の中とんがってばかりだと、誰にも相手にされなくなるってね」
未優は困ってしまった。
確かに、綾との競い合いの場に出ることには、納得している。
だが、相手をやり込めようとか相手の上を行こうとは、正直思っていなかったからだ。
「あのね、愛美。あたし、別に綾さん負かしてやろうっていう気持ちは、ないんだ。
あたしはあたしのできることをして、その上で、お客さんを喜ばせることができたらいいなって、思ってる」
自分にできることなど、たかが知れている。
歌うこと、踊ること。それが、未優が今まで身につけてきたものだ。
それを“舞台”で表現する。結果は、あとからついてくるもの───。
「だけど、それって」
「甘いわね。そんな綺麗ごと、通用するような世界じゃないわ」
ぴしゃりと自分の中での迷いを指摘され、未優はどきっとする。
シェリーだった。未優を見据えて、近づいてくる。
「あなたは『女王』になりたいんでしょ? 『女王』が唯一無二なのは知ってるわね? それはつまり、数多の“歌姫”を押し退けて、蹴落とすことを意味するわ。
本人の意識はどうであれ、ね。そのくらいの覚悟をもって、臨みなさい」
「シェリーさん……」
うわ、迫力ある~……と、愛美が未優の後ろに隠れながらつぶやく。
未優は息をのんで、そんなシェリーを見返した。
すると、シェリーは瞬間的に表情をくずし、くすっと笑った。
「……なんてね。“女王選出大会”への出場を辞退した私が言っても、説得力はないかしら?」
「いえ、そんなこと……!」
未優は首を振った。シェリーの言うことは、もっともだと思ったからだ。
「それなら、良かったわ。今回、私は休演させてもらうわけだから、あなたさえ良ければ、また一緒に練習しましょうね」
やわらかな笑みを向けられて、未優は一瞬、ぽやーんとなりかけたが、すぐに気になっていたことを訊いてみた。
「あのっ、シェリーさんは、どうして『女王』になる気がないんですか?」
シェリーは真顔になった。
訊いてはならないことを訊いてしまったのかと未優はあせったがあとの祭りだ。
ややしてシェリーは、あでやかな笑みを浮かべ答えてくれた。
「あなたに望むものがあるように私にも……望みが、あるからよ」
能面女! って感じで、表情がねぇ~。まぁ“歌姫”の“舞台”は表情あんま関係ないっちゃ、ないんだけど」
(……能面女……)
愛美の言いぐさに、ふと綾の顔を思いだす。涼しげな美人だ。
しかし、愛美の言うように、常にピリピリとした空気を身にまとっていて、近寄りがたい。
「嫌い」と言われた一件を抜きにしても、お世辞にも愛想がいいとはいえなかった。
「ねっ? だから未優、あの綾さんに、いっぺんギャフンっていわせてやんなきゃ!
世の中とんがってばかりだと、誰にも相手にされなくなるってね」
未優は困ってしまった。
確かに、綾との競い合いの場に出ることには、納得している。
だが、相手をやり込めようとか相手の上を行こうとは、正直思っていなかったからだ。
「あのね、愛美。あたし、別に綾さん負かしてやろうっていう気持ちは、ないんだ。
あたしはあたしのできることをして、その上で、お客さんを喜ばせることができたらいいなって、思ってる」
自分にできることなど、たかが知れている。
歌うこと、踊ること。それが、未優が今まで身につけてきたものだ。
それを“舞台”で表現する。結果は、あとからついてくるもの───。
「だけど、それって」
「甘いわね。そんな綺麗ごと、通用するような世界じゃないわ」
ぴしゃりと自分の中での迷いを指摘され、未優はどきっとする。
シェリーだった。未優を見据えて、近づいてくる。
「あなたは『女王』になりたいんでしょ? 『女王』が唯一無二なのは知ってるわね? それはつまり、数多の“歌姫”を押し退けて、蹴落とすことを意味するわ。
本人の意識はどうであれ、ね。そのくらいの覚悟をもって、臨みなさい」
「シェリーさん……」
うわ、迫力ある~……と、愛美が未優の後ろに隠れながらつぶやく。
未優は息をのんで、そんなシェリーを見返した。
すると、シェリーは瞬間的に表情をくずし、くすっと笑った。
「……なんてね。“女王選出大会”への出場を辞退した私が言っても、説得力はないかしら?」
「いえ、そんなこと……!」
未優は首を振った。シェリーの言うことは、もっともだと思ったからだ。
「それなら、良かったわ。今回、私は休演させてもらうわけだから、あなたさえ良ければ、また一緒に練習しましょうね」
やわらかな笑みを向けられて、未優は一瞬、ぽやーんとなりかけたが、すぐに気になっていたことを訊いてみた。
「あのっ、シェリーさんは、どうして『女王』になる気がないんですか?」
シェリーは真顔になった。
訊いてはならないことを訊いてしまったのかと未優はあせったがあとの祭りだ。
ややしてシェリーは、あでやかな笑みを浮かべ答えてくれた。
「あなたに望むものがあるように私にも……望みが、あるからよ」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる