【完結】婚約者も求愛者もお断り!欲しいのは貴方の音色だけ

一茅苑呼

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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

『小夜啼鳥(さよなきどり)』と『人魚姫』【2】

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未優はうつむいた。

気構えという点では確かにないかもしれない。
自分の“舞台”経験は、たったの三度。

それで、もう何年も“舞台”を踏んでいる綾と競い合うなど、もってのほかだと思った。

だが───。

(自信がないなんて、認めたくない)

それは、自分から逃げる言い訳になる。
自信というのは、自分を裏付ける動機だ。自分をきずきあげてきた過去だ。

未優は、そういったものの価値を、自分のなかに確かに見出だしていた。

(留加が嘘をつくはずがない)

彼に認められた歌声を。
いつかできたらいいと、キャサリンが言ってくれた飛翔を。

たくさんのリクエストに支えられて実現した平日の“舞台”を───。

それらが、未優のうちにある自信を、確かなものとする。

未優は顔を上げて、響子を真っすぐに見据えた。

「すみません。いきなりのことで、心の準備ができてなくて……。
あたしに、綾さんと競わせてください! お願いします!」

勢いよく頭を下げると、一拍おいて涼子の声が耳に入ってきた。

「……演目は、あなた達ふたりが得意なもので、なおかつ共通のテーマであるものにしたわ。
綾が『小夜啼鳥さよなきどり』、未優、あなたは『人魚姫』よ」

未優は思わず顔を上げた。
……『人魚姫』を、“連鎖舞台”で?

「どちらも「報われない片想い」の話ね。
“連鎖舞台”である以上“主演”を張るあなた達は、双方ともに見せ場を演じることになるわ。
つまり、今回の場合、どちらも第四幕ね。何か質問はあって?」

「その、“連鎖舞台”は、いつが初演になりますか?」

「今年最後の“連鎖舞台”になるわ」

「……十二月の末ってことですね」

頭のなかで、未優はおおよその日程を思い浮かべる。今からだと、一ヶ月ちょっとある。

(まさか『人魚姫』がれるなんて、思わなかった)

大勢の観客のいる前で“歌姫”として。一番大好きな、演目を。

未優は両手を握りしめた。

不安がないと言ったら嘘になるが、それ以上に、演じてみたいという気持ちの方が強くなる。
そんな未優を見ていた涼子が、微笑みながら言った。

「ねぇ、未優。あなた、自分の実力が、いま現在どの“地位”に匹敵するか、解っていて?」

「えっ……」

どきん、と、未優の心臓が脈打つ。

『禁忌』という特殊な“地位”は枠外で、他者との優劣など考えたことがなかった。

「あなたは前回の“連鎖舞台”の試験で『声優』三人と競って、『ラプンツェル』の第二幕を演じる権利を手に入れたわね。

それは、実力的には彼女たちと同等、もしくは、それ以上の実力を示したことになるわ。
慧一、顧客リクエスト数は、どう?」

「『王女』シェリーさんが飛び抜けて多く、次いで『王女』綾さんと『禁忌』未優さんが、拮抗している状態です」

いつもよりもやわらかな受け答えと、未優に対する「さん」付けから、慧一の仕事モード全開なのがうかがえた。
……未優は正直、薄ら寒い。

涼子は慧一の言葉にうなずいてちらと未優を見る。

「解ったかしら、未優?
あなたは現在、『声優』よりも上で『王女』よりも下の“地位”にいるの。
今回支配人が、あなたと綾を競わせようとしたのは、当然の成り行きといっていいわ。自信をもちなさい」

「……はい!」

頬を染めて嬉しそうにうなずく未優に対し、室内にいた誰もの顔に、あたたかな笑みが浮かぶ。



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