上 下
86 / 101
第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

『小夜啼鳥(さよなきどり)』と『人魚姫』【2】

しおりを挟む
未優はうつむいた。

気構えという点では確かにないかもしれない。
自分の“舞台”経験は、たったの三度。

それで、もう何年も“舞台”を踏んでいる綾と競い合うなど、もってのほかだと思った。

だが───。

(自信がないなんて、認めたくない)

それは、自分から逃げる言い訳になる。
自信というのは、自分を裏付ける動機だ。自分をきずきあげてきた過去だ。

未優は、そういったものの価値を、自分のなかに確かに見出だしていた。

(留加が嘘をつくはずがない)

彼に認められた歌声を。
いつかできたらいいと、キャサリンが言ってくれた飛翔を。

たくさんのリクエストに支えられて実現した平日の“舞台”を───。

それらが、未優のうちにある自信を、確かなものとする。

未優は顔を上げて、響子を真っすぐに見据えた。

「すみません。いきなりのことで、心の準備ができてなくて……。
あたしに、綾さんと競わせてください! お願いします!」

勢いよく頭を下げると、一拍おいて涼子の声が耳に入ってきた。

「……演目は、あなた達ふたりが得意なもので、なおかつ共通のテーマであるものにしたわ。
綾が『小夜啼鳥さよなきどり』、未優、あなたは『人魚姫』よ」

未優は思わず顔を上げた。
……『人魚姫』を、“連鎖舞台”で?

「どちらも「報われない片想い」の話ね。
“連鎖舞台”である以上“主演”を張るあなた達は、双方ともに見せ場を演じることになるわ。
つまり、今回の場合、どちらも第四幕ね。何か質問はあって?」

「その、“連鎖舞台”は、いつが初演になりますか?」

「今年最後の“連鎖舞台”になるわ」

「……十二月の末ってことですね」

頭のなかで、未優はおおよその日程を思い浮かべる。今からだと、一ヶ月ちょっとある。

(まさか『人魚姫』がれるなんて、思わなかった)

大勢の観客のいる前で“歌姫”として。一番大好きな、演目を。

未優は両手を握りしめた。

不安がないと言ったら嘘になるが、それ以上に、演じてみたいという気持ちの方が強くなる。
そんな未優を見ていた涼子が、微笑みながら言った。

「ねぇ、未優。あなた、自分の実力が、いま現在どの“地位”に匹敵するか、解っていて?」

「えっ……」

どきん、と、未優の心臓が脈打つ。

『禁忌』という特殊な“地位”は枠外で、他者との優劣など考えたことがなかった。

「あなたは前回の“連鎖舞台”の試験で『声優』三人と競って、『ラプンツェル』の第二幕を演じる権利を手に入れたわね。

それは、実力的には彼女たちと同等、もしくは、それ以上の実力を示したことになるわ。
慧一、顧客リクエスト数は、どう?」

「『王女』シェリーさんが飛び抜けて多く、次いで『王女』綾さんと『禁忌』未優さんが、拮抗している状態です」

いつもよりもやわらかな受け答えと、未優に対する「さん」付けから、慧一の仕事モード全開なのがうかがえた。
……未優は正直、薄ら寒い。

涼子は慧一の言葉にうなずいてちらと未優を見る。

「解ったかしら、未優?
あなたは現在、『声優』よりも上で『王女』よりも下の“地位”にいるの。
今回支配人が、あなたと綾を競わせようとしたのは、当然の成り行きといっていいわ。自信をもちなさい」

「……はい!」

頬を染めて嬉しそうにうなずく未優に対し、室内にいた誰もの顔に、あたたかな笑みが浮かぶ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】【R18】この国で一番美しい母が、地味で平凡な私の処女をこの国で最も美しい男に奪わせようとしているらしい

魯恒凛
恋愛
富と権力を併せ持つ、国一番の美人であるマダムジョスティーヌからサロンへの招待状を受け取ったテオン。過ぎたる美貌のせいで出世を阻まれてきた彼の後ろ盾を申し出たマダムの条件は『九十九日以内に娘の処女を奪うこと』という不可解なもの。 純潔が重要視されないこの国では珍しい処女のクロエ。策略を巡らせ心と体を絆そうとするテオンだったが、純朴な彼女に徐々に惹かれてしまい…… 自分に自信がない自称不細工な女の子が稀代のモテ男に溺愛されるお話です。 ※R18は予告なしに入ります。 ※ムーライトノベルズですでに完結済みです。

処理中です...