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第六章 ふたりで奏でる最高の舞台

『小夜啼鳥(さよなきどり)』と『人魚姫』【1】

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『狼族』の“支配領域”は、ヤマト全国土中に散らばっていた。

『獅子族』に次いで“支配領域”数が多い『狼族』は必然的に、全国に十二ある“劇場”のうち、半数をその支配下に置いていた。

「───では、ようやく『禁忌』の座が空いたというわけですか」

臙脂えんじ色のベストを脱ぎ捨て、清史朗は手にした携帯電話を持ちかえる。

通話相手は“第五劇場”の支配人だ。清史朗の五人いる兄弟のうちの、すぐ上の兄にあたる。
もれ聞こえる声からは、からかうような響きが伝わってくる。

清史朗はそれを軽く受け流し、肩口で端末機を押さえ、腕時計を外した。

「いいえ。彼女には、これから話します。
……確かに《オレ》は、あなたと違って執念深いですからね。
……勝算? そんなもの考えて女性がくどけますか」

ピンブローチを外した襟元えりもとをゆるめ、清史朗は微笑んだ。

「手続きは、早急に願います。
……そうですね。こちらの支配人にはオレからも話しておきますが、あの方からの口添えがあった方が筋を通せますね」

相手の了承を聞き届け、清史朗は通話を終える。

ソファーに倒れこみながら、癖のある褐色の前髪をかき上げ、大きく息をついた。
……ついにこの日が来たのかと思うと、震えるほど嬉しかった。


†††††


「あんた、『女王』を決める大会に、出る気はあるかい?」

「……はい?」

“連鎖舞台”を二度、平日の“舞台”を一度踏んだばかりのある日。

支配人室に呼びだされた未優は藪から棒にそんなことを言われた。

例によってくわえタバコの響子は、明日の天気でも訊いてくるかのような気軽な口調で、その実、とんでもないことを尋ねてくれた。

未優を呼びだしに来た薫が、ふふっと笑った。

「“女王選出大会”、だよ。長いよね。略してQ.S.T.とでも呼んでおく?」

「略さなくていいし、名称なんざどうだっていいんだよ。ぼ……薫は仕事!」

「───ウィ、マダム。じゃ、未優、演目が決まったら教えてねー」

出てけ、と、手で示され、薫はかしこまって響子に一礼すると、未優にひらひらと手を振りながら出て行った。

あとには、それを冷めた目で見ていた慧一と、笑いをこらえている涼子とが残っている。

響子は灰皿でタバコをみ消した。未優を見て問う。

「何度も言わせなさんな。『女王』になる気はあんのかい?」

「えっと……はい、あります!」

大きくうなずいてみせる未優に響子は無言で涼子をうながした。

「大会は、来年の一月末に行われるわ。一応、頭に入れておいて。

でも、その前に、あなたと綾、どちらを“第三劇場”で推すかを“連鎖舞台”で決めさせてもらうから、そのつもりでね。

演目は、ふたりがそれぞれに得意だと思われるもので競ってもらうわ。
お互い似た傾向のもので───」

「ちょっと待ってください!」

未優はそこで、ようやく口をはさむ。書面を淡々と読みあげていた涼子が、口を閉ざし未優を見た。

……意味が、解らなかった。

「あの、あたしは確かに『女王』をめざしています。だけど、なんで今……しかも、あたし、なんですか?

『女王』って、全国にただ一人しかいなんですよね? ってコトは、それだけ実力も求められるはずなのに……。

なんで、シェリーさんと綾さんじゃなくて、あたしと綾さん、なんですか?」

「シェリーは『女王』の座に興味はないらしいの。
あなたの言う通り、順当に考えれば、『王女』ふたりで当“劇場”の代表者を決めたはずだけど、シェリーにその意志がないのに無理強いはできないわ」

「でも……!」

「───ガタガタ細かいことにこだわる子だね! 別に、あんたにその気がないってのなら、他の“地位”に声かけるまでさ。

いいかい? これはあんたに与えられたチャンスなんだよ? 『女王』になる気があんのなら、受けてしかるべきだろ。

ようするに、あんたにゃ『女王』になる気構えも、自分に対する自信も、ないってことだね。がっかりだ」

ばさりとハチミツ色の髪をはらって、響子は横を向く。
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