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第五章 女王への道
閉ざされた心の弦を弾(はじ)く者【1】
しおりを挟む「楽しかったわね、留加。八年ぶりだなんて思えないくらい、合わせやすかった」
「……あなたとの、約束だったから弾いた。これが、弾きおさめだ」
「えぇ。解っているわ。あなたがもう、彼女以外に弾く気がないってことは。
……ごめんなさいね。あなたも、気づいていたでしょう?」
「……あぁ」
シェリーは苦笑いして、留加を見上げる。
「先に、行ってきてもいいわよ? 小さい頃の約束を律儀に守っただけで、他意はないって」
「彼女には、あとで説明するから問題ない」
「そう? 信頼してるのね、彼女のこと。そして……好きなのね?」
留加の表情がこわばるのを見てとって、シェリーは留加の胸を小突いた。
「何、その顔。認めたくないの? 認められないの?
あなたがあの子と恋愛を始められないのは、あの子が『禁忌』だからじゃないわね? 自分とは違う“種族”だからでしょう?」
シェリーに問いつめられて、留加は眉を寄せた。
あえぐように、告げる。
「……そう、だ」
シェリーは息をついた。
可哀想なことをした。あの幼さで、あんな場面にでくわして……心的外傷にならない方がおかしい。
だがあの時は、シェリーの方も自分のことで手一杯だったのだ。
「留加。ひとつ、いいかしら?
あなた、私を不幸だと思ってるんじゃない?」
留加は目を瞠った。言葉がでてこない。
「私は“異種族間子”で生まれてからずっと、人間扱いされないことの方が多かった。
だから、《ああいう目に》遭わされたんだってことも、否定できない。
だけどそれは、不幸なことかしら?」
押し黙ってしまった留加の両腕をつかんで、シェリーは彼を見上げた。
「他人からすれば、確かに不幸だと思うかもしれない。
でも、幸せか不幸せかは、他人が決めることじゃない。私が決めることよ。
自分が幸せか不幸かは、人それぞれの心の持ちようで、いくらでも変わるの。
私は今“歌姫”をして、好きな踊りを踊って、収入を得られてる。同僚にも恵まれているわ。
……とても大切で、愛しい人もいる」
驚いたように見返してくる留加に、シェリーはいたずらっぽく笑ってみせた。
「あら、意外だった? 私だって恋くらいするわ。許されないことではないもの。
そして、ねぇ、留加。私は、あなたに再会できた。それは、とても幸運なことだと思うわ。
……ねぇ、留加? 私はこんなに幸せよ? だからあなたも……幸せになりなさい?」
ゆっくりと、シェリーは留加を抱きしめる。
見下ろしていた男の子は、今はもう、こんなに大きくなってしまって。腕を回すのが、やっとだ。
それなのに、その魂が、あの頃と少しも変わらない気がするのがなんだか無性にせつなかった。
「もしあなたが、私の過去が原因で、あの子との恋愛に踏みだせずにいるというのなら、それは、いい迷惑だわ。私を、馬鹿にしないで」
シェリーは留加から離れた。じっと、彼を見つめる。
かすれた声音で留加は言った。
「……おれは、またあなたに、失礼なことをしていたんだな」
馬鹿ね、と、シェリーは苦笑いを返す。
「あなた、少し難しく考え過ぎなのよ。
好きという気持ちは理屈じゃなくて、感情なんだから。
想うままを、伝えたらいいの。それで充分なのよ」
「───あぁ、解った」
素直に応える様を見て、シェリーはつぶやく。やっぱり、変わってない、と。
「じゃあ、早く行ってあげて? あの子の所に。
私、あの子のことが好きなのよ。誤解されたままでいるのは、悲しいわ」
留加は軽くうなずいて、ヴァイオリンケースと、未優が置き忘れて行ったシューズとをつかみ、トレーニングルームをあとにした。
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