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第五章 女王への道
舞台で表現すべきもの【2】
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緑色の眼が、未優を見上げてくる。
“踊り子”のキャサリンだった。皆にはケイトと呼ばれている。
「未優さん、こんにちは」
「こ、こんにちは。えっと、ごめんね? いきなり入って行ったりして……」
「いいえ。気にしないでください。……それじゃ、さようなら」
ペコリと頭を下げて、キャサリンは未優に背を向け、歩きだす。
フレアースカートからのぞいた『山猫』の尾が、なんだか元気がないように見えた。
未優は思わず、キャサリンを呼びとめる。
「ケイト? なんか、あったの?」
側に寄って顔をのぞきこむと、瞳が潤んでいる。
キャサリンは言った。
「あたし、明日からサヨナキドリのリストに載るんです」
「あ……」
未優は、言葉を失った。
サヨナキドリとは、ナイチンゲールの別名だ。
そのリストに載るということは、娼婦として買われることを意味する。
キャサリンは、おそらくそのために、診察を受けていたのだろう。
「勝医師は、初めての相手がお客さんじゃ嫌だって言うなら、“第三劇場”にいる男の人ならどうだって。
だからあたし、ちょっと考えて……『虎』の薫さんか『山猫』の慧一さんがいいかなって。
両親のどちらかの血筋の人とって思ったんです」
「やっ、やめときなって! 特に、慧一……さん。あの人、超性格悪いんだから!」
反射的に叫んだ未優を、キャサリンはきょとんとして見上げた。
「そうですか? 慧一さん、優しいですよ? この間、食事当番の時、棚の上の方にあった調味料に手が届かないでいたら、取ってくれて。そのあと、手伝ってくれたし」
(……『山猫』の、猫かぶりめっ!)
「あの、未優さん。話を聞いてくれて、ありがとうございました。
未優さんに話して、口にだしたら、あたし、実感わいてきました。だから、なんとか頑張ってみようと思います。
───えぇと……それと、未優さんの『ラプンツェル』良かったです。
試験の時、あたし、感動して……あんなにキレイな飛翔、初めて見ました。
……あたしもいつか、できたらいいな」
まだあどけなさの残る頬でキャサリンは言い、もう一度頭を下げ去って行った。
未優はその後ろ姿を、複雑な思いで見送る。
医務室の扉が開いた。
「未優嬢ちゃん、相談にのらんでもいいのか?」
「……おじいちゃん。あたし、なんかいろいろ、解んなくなってきちゃった……!」
「……ともかく、なかへ入りなさい」
うながされて、未優は医務室に入った。
勝は緑茶を二つ淹れると、スチール椅子に腰かけた未優に茶碗の一つを渡し、残った方を自分に取った。
「で? 何が解らんと言うんじゃ?」
「“歌姫”が娼婦であることの意味。
前は、みんなが“舞台”にだけ専念できればいいのにって、思ってた。
でも、さゆりさんみたいに“歌姫”の娼婦である側面を肯定的に受けとめてる人もいて、誇りに思っている人もいるって知って、あたしのなかで少し感じ方が変わってきてたの。
だけど……さっきのケイトの話を聞いちゃうと、やっぱり、イヤイヤ自分の身体を売らなきゃならない子もいる訳だし。
“歌姫”になったからって、自動的に娼婦にならなきゃいけないのは、おかしいと思う」
勝はふっと笑った。茶をすする。
「……ふむ。おかしい、か」
未優は、大きくうなずいた。
人が、自分の望むべき有様でいられないのは、どう考えても、納得がいかない。
「のう、嬢ちゃん。お前さんは『禁忌』で、だから客をとらない。
そして、そのことによって恋愛も禁じられておるな。それは、おかしいとは思わんか?」
「……正直、思いました。
だけど……“歌姫”としてやっていくなら、それに従わざるをえないのかもって、自分を納得させて……」
響子にクギをさされた時に感じたこと。
例えイヤだと思っても、それが『禁忌』であるというのなら、受け入れない訳にはいかない。
“踊り子”のキャサリンだった。皆にはケイトと呼ばれている。
「未優さん、こんにちは」
「こ、こんにちは。えっと、ごめんね? いきなり入って行ったりして……」
「いいえ。気にしないでください。……それじゃ、さようなら」
ペコリと頭を下げて、キャサリンは未優に背を向け、歩きだす。
フレアースカートからのぞいた『山猫』の尾が、なんだか元気がないように見えた。
未優は思わず、キャサリンを呼びとめる。
「ケイト? なんか、あったの?」
側に寄って顔をのぞきこむと、瞳が潤んでいる。
キャサリンは言った。
「あたし、明日からサヨナキドリのリストに載るんです」
「あ……」
未優は、言葉を失った。
サヨナキドリとは、ナイチンゲールの別名だ。
そのリストに載るということは、娼婦として買われることを意味する。
キャサリンは、おそらくそのために、診察を受けていたのだろう。
「勝医師は、初めての相手がお客さんじゃ嫌だって言うなら、“第三劇場”にいる男の人ならどうだって。
だからあたし、ちょっと考えて……『虎』の薫さんか『山猫』の慧一さんがいいかなって。
両親のどちらかの血筋の人とって思ったんです」
「やっ、やめときなって! 特に、慧一……さん。あの人、超性格悪いんだから!」
反射的に叫んだ未優を、キャサリンはきょとんとして見上げた。
「そうですか? 慧一さん、優しいですよ? この間、食事当番の時、棚の上の方にあった調味料に手が届かないでいたら、取ってくれて。そのあと、手伝ってくれたし」
(……『山猫』の、猫かぶりめっ!)
「あの、未優さん。話を聞いてくれて、ありがとうございました。
未優さんに話して、口にだしたら、あたし、実感わいてきました。だから、なんとか頑張ってみようと思います。
───えぇと……それと、未優さんの『ラプンツェル』良かったです。
試験の時、あたし、感動して……あんなにキレイな飛翔、初めて見ました。
……あたしもいつか、できたらいいな」
まだあどけなさの残る頬でキャサリンは言い、もう一度頭を下げ去って行った。
未優はその後ろ姿を、複雑な思いで見送る。
医務室の扉が開いた。
「未優嬢ちゃん、相談にのらんでもいいのか?」
「……おじいちゃん。あたし、なんかいろいろ、解んなくなってきちゃった……!」
「……ともかく、なかへ入りなさい」
うながされて、未優は医務室に入った。
勝は緑茶を二つ淹れると、スチール椅子に腰かけた未優に茶碗の一つを渡し、残った方を自分に取った。
「で? 何が解らんと言うんじゃ?」
「“歌姫”が娼婦であることの意味。
前は、みんなが“舞台”にだけ専念できればいいのにって、思ってた。
でも、さゆりさんみたいに“歌姫”の娼婦である側面を肯定的に受けとめてる人もいて、誇りに思っている人もいるって知って、あたしのなかで少し感じ方が変わってきてたの。
だけど……さっきのケイトの話を聞いちゃうと、やっぱり、イヤイヤ自分の身体を売らなきゃならない子もいる訳だし。
“歌姫”になったからって、自動的に娼婦にならなきゃいけないのは、おかしいと思う」
勝はふっと笑った。茶をすする。
「……ふむ。おかしい、か」
未優は、大きくうなずいた。
人が、自分の望むべき有様でいられないのは、どう考えても、納得がいかない。
「のう、嬢ちゃん。お前さんは『禁忌』で、だから客をとらない。
そして、そのことによって恋愛も禁じられておるな。それは、おかしいとは思わんか?」
「……正直、思いました。
だけど……“歌姫”としてやっていくなら、それに従わざるをえないのかもって、自分を納得させて……」
響子にクギをさされた時に感じたこと。
例えイヤだと思っても、それが『禁忌』であるというのなら、受け入れない訳にはいかない。
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