上 下
72 / 101
第五章 女王への道

不可侵の座の意味【4】

しおりを挟む
からかうような慧一の眼差しは冗談とも本気ともつかない。

未優は眉を寄せた。

「あんた、なに言ってるの?」

「仮定の話だ。───お前が『女王』になれなかった時のな」

「『女王』って……」

慧一が口にした言葉に、未優はあっけにとられた。

“歌姫”になって、まだ一ヶ月にも満たないのに、「『女王』になれなかった時」などという仮定をされても、何も答えられない。

「どの道『女王』をめざすのは一緒だろう。早いか遅いかの違いだけだ。
 “歌姫”を続けたいなら、お前は『女王』になるしかない」

「『禁忌』のままじゃ、ダメなの?」

それでも懸命に、未優は慧一の話についていこうとする。

慧一は鼻で笑った。

「お前も認めた通り、『禁忌』ってのは制約があり過ぎる。恋愛面も存在理由も。
おまけに、親父さんの許しはハタチまでだしな」

「何それ! 聞いてないよ!?」

「当然だ。言ってないんだからな。余計なことを耳に入れて、お前を動揺させるわけにはいかなかった。
……『禁忌』の“地位”すら築けていない、お前をな」

未優が“歌姫”になることを反対していた泰造たいぞうを説得するために、慧一があげた条件のうち、それが一番効果的であったことは否めない。

泰造は娘の「趣味」を、当主に就くまでの我がままとして認めたのだ。

未優は唇をかんだ。
“歌姫”になれることが嬉しくて、父の真意に気づけなかった。
本当の意味で“歌姫”になることを、許されたわけではなかったのだ。

「───何も、今すぐ『女王』になれとは言っていない。だが、今からめざした方が良いことは、解っただろう?」

未優の表情を読み取り、慧一はなだめるように言った。

自覚のあるなしでは、『女王』になるまでにかかる時間に、雲泥の差があるだろう。

ましてや、一点集中型の未優のようなタイプには、目標は明らかに示した方がいいはずだ。

「でも、『女王』になったからって、父さまに“歌姫”でいることを、許してもらえるわけではないんだよね?」

もちろん、許しを得られなくても、“歌姫”を続けていきたい。
だが、そううまくいくだろうか───?

泰造は、未優が二十歳を過ぎても家に戻る意思がないと知れば、あらゆる手段を使って、“第三劇場”に圧力をかけてくるだろう───未優を辞めさせるために。

「許す許さないは、親父さんの心の問題だ。『女王』になれば、事実上、親父さんはお前に、手出しなどできなくなるからな」

「えっ? そうなの?」

驚いて、未優は慧一を見返す。眼鏡のない顔で、慧一はその目を細めた。

「『女王』は公娼免除の他に、様々な特権があると、面接の時にマダムが言っていただろう」

未優は記憶を手繰り寄せる───確かに、言っていた。それゆえに『女王』は全国でただ一人なのだとも。

「それが『女王』の座の意味、不可侵であれ、だ。
つまり、『女王』はひとつの独立した国家と同じなんだ。誰にも指図されず、何者にも支配されない。

『女王』の領土は全国にある各“劇場”だ。その領土を回り、“舞台”を行うことによって統治する。
それが法で守られているとなれば、当然、親父さんがどうこうできるレベルじゃない。晴れてお前は“歌姫”でいられるというわけだ」

おどけるように、慧一は両手を広げた。
しかし未優の方は、至って真剣に、慧一の言葉を繰り返す。

「『女王』になれば、あたしは“歌姫”でいられるんだ……」

慧一も真顔になって、うなずく。

「そうだ。
『女王』になれば、恋愛は自由だし、『女王』であるがゆえに、公娼制度から外れる。なにしろ、不可侵であれ、だからな」

未だ『女王』について、完全に把握できていないだろう未優に、言い聞かせるように慧一は言葉を重ねる。

「『女王』になれ、未優。
お前が望むものを手に入れるためには、そうするしかない」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...