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第五章 女王への道
不可侵の座の意味【4】
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からかうような慧一の眼差しは冗談とも本気ともつかない。
未優は眉を寄せた。
「あんた、なに言ってるの?」
「仮定の話だ。───お前が『女王』になれなかった時のな」
「『女王』って……」
慧一が口にした言葉に、未優はあっけにとられた。
“歌姫”になって、まだ一ヶ月にも満たないのに、「『女王』になれなかった時」などという仮定をされても、何も答えられない。
「どの道『女王』をめざすのは一緒だろう。早いか遅いかの違いだけだ。
“歌姫”を続けたいなら、お前は『女王』になるしかない」
「『禁忌』のままじゃ、ダメなの?」
それでも懸命に、未優は慧一の話についていこうとする。
慧一は鼻で笑った。
「お前も認めた通り、『禁忌』ってのは制約があり過ぎる。恋愛面も存在理由も。
おまけに、親父さんの許しはハタチまでだしな」
「何それ! 聞いてないよ!?」
「当然だ。言ってないんだからな。余計なことを耳に入れて、お前を動揺させるわけにはいかなかった。
……『禁忌』の“地位”すら築けていない、お前をな」
未優が“歌姫”になることを反対していた泰造を説得するために、慧一があげた条件のうち、それが一番効果的であったことは否めない。
泰造は娘の「趣味」を、当主に就くまでの我がままとして認めたのだ。
未優は唇をかんだ。
“歌姫”になれることが嬉しくて、父の真意に気づけなかった。
本当の意味で“歌姫”になることを、許されたわけではなかったのだ。
「───何も、今すぐ『女王』になれとは言っていない。だが、今からめざした方が良いことは、解っただろう?」
未優の表情を読み取り、慧一はなだめるように言った。
自覚のあるなしでは、『女王』になるまでにかかる時間に、雲泥の差があるだろう。
ましてや、一点集中型の未優のようなタイプには、目標は明らかに示した方がいいはずだ。
「でも、『女王』になったからって、父さまに“歌姫”でいることを、許してもらえるわけではないんだよね?」
もちろん、許しを得られなくても、“歌姫”を続けていきたい。
だが、そううまくいくだろうか───?
泰造は、未優が二十歳を過ぎても家に戻る意思がないと知れば、あらゆる手段を使って、“第三劇場”に圧力をかけてくるだろう───未優を辞めさせるために。
「許す許さないは、親父さんの心の問題だ。『女王』になれば、事実上、親父さんはお前に、手出しなどできなくなるからな」
「えっ? そうなの?」
驚いて、未優は慧一を見返す。眼鏡のない顔で、慧一はその目を細めた。
「『女王』は公娼免除の他に、様々な特権があると、面接の時にマダムが言っていただろう」
未優は記憶を手繰り寄せる───確かに、言っていた。それゆえに『女王』は全国でただ一人なのだとも。
「それが『女王』の座の意味、不可侵であれ、だ。
つまり、『女王』はひとつの独立した国家と同じなんだ。誰にも指図されず、何者にも支配されない。
『女王』の領土は全国にある各“劇場”だ。その領土を回り、“舞台”を行うことによって統治する。
それが法で守られているとなれば、当然、親父さんがどうこうできるレベルじゃない。晴れてお前は“歌姫”でいられるというわけだ」
おどけるように、慧一は両手を広げた。
しかし未優の方は、至って真剣に、慧一の言葉を繰り返す。
「『女王』になれば、あたしは“歌姫”でいられるんだ……」
慧一も真顔になって、うなずく。
「そうだ。
『女王』になれば、恋愛は自由だし、『女王』であるがゆえに、公娼制度から外れる。なにしろ、不可侵であれ、だからな」
未だ『女王』について、完全に把握できていないだろう未優に、言い聞かせるように慧一は言葉を重ねる。
「『女王』になれ、未優。
お前が望むものを手に入れるためには、そうするしかない」
未優は眉を寄せた。
「あんた、なに言ってるの?」
「仮定の話だ。───お前が『女王』になれなかった時のな」
「『女王』って……」
慧一が口にした言葉に、未優はあっけにとられた。
“歌姫”になって、まだ一ヶ月にも満たないのに、「『女王』になれなかった時」などという仮定をされても、何も答えられない。
「どの道『女王』をめざすのは一緒だろう。早いか遅いかの違いだけだ。
“歌姫”を続けたいなら、お前は『女王』になるしかない」
「『禁忌』のままじゃ、ダメなの?」
それでも懸命に、未優は慧一の話についていこうとする。
慧一は鼻で笑った。
「お前も認めた通り、『禁忌』ってのは制約があり過ぎる。恋愛面も存在理由も。
おまけに、親父さんの許しはハタチまでだしな」
「何それ! 聞いてないよ!?」
「当然だ。言ってないんだからな。余計なことを耳に入れて、お前を動揺させるわけにはいかなかった。
……『禁忌』の“地位”すら築けていない、お前をな」
未優が“歌姫”になることを反対していた泰造を説得するために、慧一があげた条件のうち、それが一番効果的であったことは否めない。
泰造は娘の「趣味」を、当主に就くまでの我がままとして認めたのだ。
未優は唇をかんだ。
“歌姫”になれることが嬉しくて、父の真意に気づけなかった。
本当の意味で“歌姫”になることを、許されたわけではなかったのだ。
「───何も、今すぐ『女王』になれとは言っていない。だが、今からめざした方が良いことは、解っただろう?」
未優の表情を読み取り、慧一はなだめるように言った。
自覚のあるなしでは、『女王』になるまでにかかる時間に、雲泥の差があるだろう。
ましてや、一点集中型の未優のようなタイプには、目標は明らかに示した方がいいはずだ。
「でも、『女王』になったからって、父さまに“歌姫”でいることを、許してもらえるわけではないんだよね?」
もちろん、許しを得られなくても、“歌姫”を続けていきたい。
だが、そううまくいくだろうか───?
泰造は、未優が二十歳を過ぎても家に戻る意思がないと知れば、あらゆる手段を使って、“第三劇場”に圧力をかけてくるだろう───未優を辞めさせるために。
「許す許さないは、親父さんの心の問題だ。『女王』になれば、事実上、親父さんはお前に、手出しなどできなくなるからな」
「えっ? そうなの?」
驚いて、未優は慧一を見返す。眼鏡のない顔で、慧一はその目を細めた。
「『女王』は公娼免除の他に、様々な特権があると、面接の時にマダムが言っていただろう」
未優は記憶を手繰り寄せる───確かに、言っていた。それゆえに『女王』は全国でただ一人なのだとも。
「それが『女王』の座の意味、不可侵であれ、だ。
つまり、『女王』はひとつの独立した国家と同じなんだ。誰にも指図されず、何者にも支配されない。
『女王』の領土は全国にある各“劇場”だ。その領土を回り、“舞台”を行うことによって統治する。
それが法で守られているとなれば、当然、親父さんがどうこうできるレベルじゃない。晴れてお前は“歌姫”でいられるというわけだ」
おどけるように、慧一は両手を広げた。
しかし未優の方は、至って真剣に、慧一の言葉を繰り返す。
「『女王』になれば、あたしは“歌姫”でいられるんだ……」
慧一も真顔になって、うなずく。
「そうだ。
『女王』になれば、恋愛は自由だし、『女王』であるがゆえに、公娼制度から外れる。なにしろ、不可侵であれ、だからな」
未だ『女王』について、完全に把握できていないだろう未優に、言い聞かせるように慧一は言葉を重ねる。
「『女王』になれ、未優。
お前が望むものを手に入れるためには、そうするしかない」
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