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第四章 連鎖舞台

禁忌の初舞台──『ラプンツェル』【1】

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「おや? 新人だね。───『禁忌』の未優、か……」

プログラムに目を落とした茶色い髪の壮年の男がつぶやいた。

慧一は、男の側へと歩み寄り、一礼をしながら“ピアス”を確認する。『狼族』の“純血種”だ。

「失礼いたします。……プログラムに、何か?」

「ああ、私も全国の“劇場”を観てまわっているがね。新人で『禁忌』とは、何やら意味ありげだね」

“劇場”通の者にかかれば裏の事情など、すぐに読みとれることだろう。

そして、例え察したとしても、口にだしたりはしない。「粋」ではなくなるからだ。
だから慧一も、ただ微笑みを返すだけにとどめる。

「……恐れいります。
では、今宵の『禁忌』の初舞台ごゆっくり、ご鑑賞くださいませ」

「そうだね。楽しませてもらうよ」

慧一は一礼し、その場を去りながら、脳内の情報記憶のファイルを呼び覚ます。
茶髪にセピア色の瞳の“純血種”となれば、“血統”はグレートプレーンズしかない……。

───狼原おおかみはら誠司せいじ。大手電機メーカーの取締役だ。
本人も認めた通り、全国各地の“舞台”を観るのが趣味だった。

純粋に“舞台”だけを楽しみ、そして、これと思った“歌姫”には、大枚をはたいてチケットを購入してくれる、上客。

(彼の目に、止まればいいがな)

慧一は、次の客のテーブルへと向かった。

V.I.P席の各テーブルに備えつけられた薄型映像機に、舞台上の様子は映しだされている。

今は、『ラプンツェル』の第一幕と第二幕の幕間だ。
もうじき未優の姿が、そこに映しだされることだろう。

(あとはお前の“舞台”次第だ、未優)

それによって、慧一のとるべき道も、変わってくるのだから……。


†††††


V.I.P席と壁一枚隔てた小スペースに“第三劇場”特別仕様の観覧席がある。

ガラス越しに舞台を見下ろすことができ、薄型の映像機がテーブルに備えつけられ、臨場感溢れる音響設備が整っているのは同じだ。

だが、そこで観覧できるのは、“歌姫”だけである。

響子が「勉強」のために造らせたもので、“第三劇場”の“歌姫”であれば誰でも入ることが許されているが、たいてい『王女』二人の特等席となっているのが実態だ。

「……リハーサルの時より、良いわね」

「えぇ。二人とも本番に強いタイプのようですね」

一組だけ置かれたテーブルと椅子。
そこに腰かけたシェリーの横には清史朗せいしろうが立っている。

「あの子の“解釈”、面白いわね。ラプンツェルが無知なお馬鹿さんに見えるわ」

「しかし、王子と出会ってからのとまどいと、恋に落ちる瞬間の表現力は、なかなかだったかと思いますが」

「あら。男心をそそられる?」

「───可愛いですね、私から見ても」

おそらく、鑑賞中の誰もが感じているだろうことを、清史朗が告げる。

シェリーは、ふっ……と笑った。

「綾は、《喰われる》わね。
『ラプンツェル』の“主演歌姫”は、あの子にとって替わられるでしょうよ」

「綾さんの“舞台”は、これからですが?」

「観なくても判るわ。綾の“舞台”はリハを含めて何十回も見てきたもの。
あの子は、人の心をつかめない。表現力も歌唱力も、『王女』になれるほどのものをもっているのにね。他人ひとを信用できない者が、人から愛されることはないわ」

切り捨てるような物言いに、清史朗は苦笑する。

「手厳しいですね」

真実ほんとうのことを言ったまでよ。
……でも、シローの目には、私は『灰かぶり』の義理の姉に見えて?」

シェリーのいたずらっぽい微笑みを、清史朗は穏やかに見つめ返す。

「あなたはいつでも、美しく聡明な『王女』ですよ」

ふいにシェリーが真顔になる。
彼は、どこまで解っていて、そう言うのだろうか───?
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