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第四章 連鎖舞台
触れることなかれ【2】
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「触れることなかれ、というのが『禁忌』の座の意味だ。留加、お前さんに対して、そのまま言えることだ。
未優に、恋情をもって触れなさんな。
ひとたび、そういう想いで触れ合えば、若いあんたらのことだ、ただ触れ合うだけじゃ済まなくなるだろうよ。
いいね?」
「……彼女の立場は理解している。いまさら、念を押されるのは心外だ」
留加の言葉に響子はくっと笑った。
薫の言う通り、若いのにカタイ男だ。
そのストイックさが、“変身”の際、本人を苦しめる要因となっているのだろうとの、勝の言葉を思いだす。
「あぁ、そりゃあ悪かったね。これはホントに『念のため』ってヤツさ。
アタシの用件は以上だ。二人とも、戻っていいよ。……いや、待った。留加は残っとくれ。別の話がある」
不安そうに未優は立ち上がったが、すぐに支配人室を去って行った。
響子は手にしたタバコの灰を、灰皿へと落とす。
「……アタシが前に言ったこと、覚えてるかい?」
留加は黙ってうなずいた。
逃げずに未優とも自分とも向き合うこと。
それが自分たちを導く標となるはずだと、彼女は言った。
「どうやらお前さんは、もう一人向き合わなきゃなんない相手がいるようだね」
ぴくり、と、膝に置かれた留加の拳が反応する。
『あなたには関係ないだろう』とは、もう言えなかった。
《彼女》はここで雇われ、そして自分も、間接的にとはいえ、ここに所属している身だ。
「無理にとは言わないさ。未優と違って、あっちはいろんな意味で良くできた娘だしね。
むしろ問題は、お前さんの方だろうねぇ……。
ま、気が向いたら、シローにでも相談するんだね。良いように取り計らってくれるだろ」
「───失礼する」
留加は腰を上げた。響子の言いたいことは、解った。
そして、確かに近い将来、彼女───シェリーと向き合わざるを得ないだろうということも。
†††††
響子に言われたことによって、留加の態度が変化することはなかった。
未優は留加との関係が、ギクシャクしてしまうのではないかと思ったが、気のまわし過ぎだということに、すぐに気づいた。
(考えてみれば、留加は最初からあたしのこと恋愛対象として、見てなかったわけだし……)
あれは、未優に対しての苦言であって、留加に関しては、形だけのものだったのだろう。
寂しくないといったら、嘘になる。
留加と自分をつなぐのは、“歌姫”と“奏者”という間柄だけで。それ以上でも、それ以下でもない。
(だったら留加に、あたしの“奏者”で良かったって、思ってもらおう)
そういう自分でありたいと、未優は自らの心に刻みつける。
「……今日は、緊張してないのか?」
ふいに声をかけられ、未優は留加を振り返った。
正装姿の留加を見るのはこれで二度目だ。
何度見てもカッコイイと、胸のうちでこっそり感嘆の声をあげる。
(別に、心で想うのは自由だもんね)
舞台上では、『ラプンツェル』の第一幕が始まっていた。未優の出番は、このあとだ。
「ちょっとは、してるよ? でも、楽しみっていう気持ちの方が強いの。またあそこに、留加と一緒に立てるのが、嬉しい」
「そうか」
うなずいてから、留加はふっと笑った。
「おれも、楽しみだ」
その笑みに、胸の高鳴りを覚え、未優は思わず両頬を叩く。
留加がぎょっとした。
「……どうしたんだ」
「き、気合いを入れてみたの」
ごまかすように笑う未優に、あきれたように留加が息をつく。
「そういう気合いの入れ方はどうかと思うが? 側にいる人間が驚かされる」
(っていうか、留加のさっきの微笑みが悪いんじゃんかー)
「……ゴメン」
思っても口にはだせず、しかしほどよい緊張感のなか、未優は“舞台”へとあがった───。
未優に、恋情をもって触れなさんな。
ひとたび、そういう想いで触れ合えば、若いあんたらのことだ、ただ触れ合うだけじゃ済まなくなるだろうよ。
いいね?」
「……彼女の立場は理解している。いまさら、念を押されるのは心外だ」
留加の言葉に響子はくっと笑った。
薫の言う通り、若いのにカタイ男だ。
そのストイックさが、“変身”の際、本人を苦しめる要因となっているのだろうとの、勝の言葉を思いだす。
「あぁ、そりゃあ悪かったね。これはホントに『念のため』ってヤツさ。
アタシの用件は以上だ。二人とも、戻っていいよ。……いや、待った。留加は残っとくれ。別の話がある」
不安そうに未優は立ち上がったが、すぐに支配人室を去って行った。
響子は手にしたタバコの灰を、灰皿へと落とす。
「……アタシが前に言ったこと、覚えてるかい?」
留加は黙ってうなずいた。
逃げずに未優とも自分とも向き合うこと。
それが自分たちを導く標となるはずだと、彼女は言った。
「どうやらお前さんは、もう一人向き合わなきゃなんない相手がいるようだね」
ぴくり、と、膝に置かれた留加の拳が反応する。
『あなたには関係ないだろう』とは、もう言えなかった。
《彼女》はここで雇われ、そして自分も、間接的にとはいえ、ここに所属している身だ。
「無理にとは言わないさ。未優と違って、あっちはいろんな意味で良くできた娘だしね。
むしろ問題は、お前さんの方だろうねぇ……。
ま、気が向いたら、シローにでも相談するんだね。良いように取り計らってくれるだろ」
「───失礼する」
留加は腰を上げた。響子の言いたいことは、解った。
そして、確かに近い将来、彼女───シェリーと向き合わざるを得ないだろうということも。
†††††
響子に言われたことによって、留加の態度が変化することはなかった。
未優は留加との関係が、ギクシャクしてしまうのではないかと思ったが、気のまわし過ぎだということに、すぐに気づいた。
(考えてみれば、留加は最初からあたしのこと恋愛対象として、見てなかったわけだし……)
あれは、未優に対しての苦言であって、留加に関しては、形だけのものだったのだろう。
寂しくないといったら、嘘になる。
留加と自分をつなぐのは、“歌姫”と“奏者”という間柄だけで。それ以上でも、それ以下でもない。
(だったら留加に、あたしの“奏者”で良かったって、思ってもらおう)
そういう自分でありたいと、未優は自らの心に刻みつける。
「……今日は、緊張してないのか?」
ふいに声をかけられ、未優は留加を振り返った。
正装姿の留加を見るのはこれで二度目だ。
何度見てもカッコイイと、胸のうちでこっそり感嘆の声をあげる。
(別に、心で想うのは自由だもんね)
舞台上では、『ラプンツェル』の第一幕が始まっていた。未優の出番は、このあとだ。
「ちょっとは、してるよ? でも、楽しみっていう気持ちの方が強いの。またあそこに、留加と一緒に立てるのが、嬉しい」
「そうか」
うなずいてから、留加はふっと笑った。
「おれも、楽しみだ」
その笑みに、胸の高鳴りを覚え、未優は思わず両頬を叩く。
留加がぎょっとした。
「……どうしたんだ」
「き、気合いを入れてみたの」
ごまかすように笑う未優に、あきれたように留加が息をつく。
「そういう気合いの入れ方はどうかと思うが? 側にいる人間が驚かされる」
(っていうか、留加のさっきの微笑みが悪いんじゃんかー)
「……ゴメン」
思っても口にはだせず、しかしほどよい緊張感のなか、未優は“舞台”へとあがった───。
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