【完結】婚約者も求愛者もお断り!欲しいのは貴方の音色だけ

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
61 / 101
第四章 連鎖舞台

触れることなかれ【2】

しおりを挟む
「触れることなかれ、というのが『禁忌』の座の意味だ。留加、お前さんに対して、そのまま言えることだ。

未優に、恋情をもって触れなさんな。
ひとたび、そういう想いで触れ合えば、若いあんたらのことだ、ただ触れ合うだけじゃ済まなくなるだろうよ。
いいね?」

「……彼女の立場は理解している。いまさら、念を押されるのは心外だ」

留加の言葉に響子はくっと笑った。

薫の言う通り、若いのにカタイ男だ。

そのストイックさが、“変身”の際、本人を苦しめる要因となっているのだろうとの、勝の言葉を思いだす。

「あぁ、そりゃあ悪かったね。これはホントに『念のため』ってヤツさ。
アタシの用件は以上だ。二人とも、戻っていいよ。……いや、待った。留加は残っとくれ。別の話がある」

不安そうに未優は立ち上がったが、すぐに支配人室を去って行った。

響子は手にしたタバコの灰を、灰皿へと落とす。

「……アタシが前に言ったこと、覚えてるかい?」

留加は黙ってうなずいた。

逃げずに未優とも自分とも向き合うこと。
それが自分たちを導くしるべとなるはずだと、彼女は言った。

「どうやらお前さんは、もう一人向き合わなきゃなんない相手がいるようだね」

ぴくり、と、膝に置かれた留加の拳が反応する。

『あなたには関係ないだろう』とは、もう言えなかった。

《彼女》はここで雇われ、そして自分も、間接的にとはいえ、ここに所属している身だ。

「無理にとは言わないさ。未優と違って、あっちはいろんな意味で良くできただしね。
むしろ問題は、お前さんの方だろうねぇ……。
ま、気が向いたら、シローにでも相談するんだね。良いように取り計らってくれるだろ」

「───失礼する」

留加は腰を上げた。響子の言いたいことは、解った。

そして、確かに近い将来、彼女───シェリーと向き合わざるを得ないだろうということも。


†††††


響子に言われたことによって、留加の態度が変化することはなかった。

未優は留加との関係が、ギクシャクしてしまうのではないかと思ったが、気のまわし過ぎだということに、すぐに気づいた。

(考えてみれば、留加は最初からあたしのこと恋愛対象として、見てなかったわけだし……)

あれは、未優に対しての苦言であって、留加に関しては、形だけのものだったのだろう。

寂しくないといったら、嘘になる。
留加と自分をつなぐのは、“歌姫”と“奏者”という間柄だけで。それ以上でも、それ以下でもない。

(だったら留加に、あたしの“奏者”で良かったって、思ってもらおう)

そういう自分でありたいと、未優は自らの心に刻みつける。

「……今日は、緊張してないのか?」

ふいに声をかけられ、未優は留加を振り返った。

正装姿の留加を見るのはこれで二度目だ。
何度見てもカッコイイと、胸のうちでこっそり感嘆の声をあげる。

(別に、心で想うのは自由だもんね)

舞台上では、『ラプンツェル』の第一幕が始まっていた。未優の出番は、このあとだ。

「ちょっとは、してるよ? でも、楽しみっていう気持ちの方が強いの。またあそこに、留加と一緒に立てるのが、嬉しい」

「そうか」

うなずいてから、留加はふっと笑った。

「おれも、楽しみだ」

その笑みに、胸の高鳴りを覚え、未優は思わず両頬を叩く。

留加がぎょっとした。

「……どうしたんだ」

「き、気合いを入れてみたの」

ごまかすように笑う未優に、あきれたように留加が息をつく。

「そういう気合いの入れ方はどうかと思うが? 側にいる人間が驚かされる」

(っていうか、留加のさっきの微笑みが悪いんじゃんかー)

「……ゴメン」

思っても口にはだせず、しかしほどよい緊張感のなか、未優は“舞台”へとあがった───。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

アリエール
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...