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第四章 連鎖舞台
歌姫であることの証明【1】
しおりを挟むふう、と、未優は息をついた。留加を見ると、うなずき返された。
「歌はもう、問題ないだろう。あとは、語りと踊りか」
ヴァイオリンをケースにしまいながら、留加はわずかに眉をひそめる。
「そちらは、おれは専門外だからな。君の力になれなくて、申し訳ないが」
「ううん。あとは、あたしの努力次第だから。……じゃ、お休みなさい」
「また、明日」
かろうじてわかる微笑みに、しかし未優の心は踊る。
……寝る前に、留加の笑顔が見られたことが、嬉しい。
部屋に戻ってシャワーを浴び、あとは眠るだけとなっても、なんだか寝つけなかった。
実は、ここ数日間、ずっとだ。
留加の“変身日”が終わってからというもの、留加とする音合わせが楽しくて仕方なかった。
(だって、なんか、留加が優しい気がする……)
声音も表情も、一緒にいる時の空気でさえ。
気のせいだと言い聞かせても、はやる胸の内は押さえようもなかった。
(ダメだ……! やっぱり今日も眠れない……!)
がばっと勢いよく、ベッドから身を起こす。大きく息をついた。
(こんなに眠れないなら、いっそ練習しちゃおうかな)
思いついて、練習着に着替え、トレーニングルームへと向かう。
夜気はやはり冷たく、火照った頬に心地よかった。
(あ……)
トレーニングルームには灯りがついていた。ガラス扉越しに室内の様子が見える。
銀の髪の持ち主だ───『王女』の綾が、何かの「舞い」を踊っているように見えた。
(キレイ……)
流れるような優美な動作はシェリーのような華やかさはないが、見る者の心を清めてくれるかのようだった。
一連の動作が終了するのを見届けて、未優は扉を開けた。
「こんばんは、綾さん。すごく良いもの見せてもらえてあたしラッキーでした。
今の……なんの舞いですか?」
驚いたように未優を振り返った綾は、直後、露骨にイヤな顔をした。
「……あなた、ずっと見ていたの?」
「あ、えぇと……途中から。お邪魔しちゃ悪いかと思って、声かけなかったんですけど……」
「───いい機会だから、言っておくわ。私、あなたのこと嫌いなのよ」
向けられた眼差しに含まれる敵意に、未優は初顔合わせの時の綾を思いだした。
あの時は気のせいだろうと自分を納得させたが───。
未優は綾の深紅の瞳を見返し、とまどいながら問う。
「あの……あたし何か、綾さんに失礼なことをしましたか?」
綾は笑った。未優を嘲るように。
「あなた、それ本気で訊いてるの? だとしたら、相当おめでたいわね。
……まぁ、だから、なんでしょうけど」
つかつかと綾が未優に歩み寄ってきた。
いきなり、ぐいとあごをつかまれ顔を上向かされる。
「誰も気づいてないと思ったら、大間違い。勘の良い子なら、変だって気づいてるわよ。……私は、確信してるけど。
『山猫』の、“純血種”なんでしょ? あなた」
「えっ……」
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