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第三章 王女と奏者

差別される者【1】

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「……申し訳ございません。あいにく、満席でして」

「えっ? でも、窓際の席、空いてましたよね?」

「……あちらは、ご予約のお客様の席でして……申し訳ございません」

案内係を兼ねたウェイターが、丁寧に頭を下げる。

未優は困惑した。
これでもう、三軒目だ、入店を断わられたのは。

思わず留加を見上げたが、留加は黙ってきびすを返しただけだった。

しぶしぶ店をあとにした未優の横を、向こうからやって来た中年女性の二人組が通り過ぎる。
話に夢中になっているようで、片方の女性が未優とぶつかった。

「あら、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ」

気取って謝られ、内心面白くはなかったが、未優は愛想笑いを返した。

直後、なにげなく未優を見た女性が、眉をひそめた。
連れの女性の肩を叩く。

「ちょっと……!」

「え? ……あら、やだ……! こんなところに現れるなんて、汚らわしい……!」

「早く行きましょうよ。おいしい食事も、楽しめなくなるわ」

未優に目を向けた二人の口からでた言葉は、悪意しか感じられなかった。
未優は、ようやく気がついた───入店拒否された理由を。

(あたしが、“歌姫”だからだ……)

店内の自動ドアを抜ける時、センサーが入って来た者の識別を行う。
だから、最初の二軒のレストランも、この店も、未優が“歌姫”であることを知り、入店を拒んだのだ。

(差別、されるんだ)

“歌姫”というだけで。それは、“歌姫”が娼婦だからだろう。

……気持ちは、解る。
未優にだって、身体を売って稼ぐという行為を、肯定することはできない。

さきほどの女性が「汚らわしい」と感じるのも理解できる。
不特定多数の男性を「金」と引き換えに相手にするのだから。

(でも、みんな、好きでやってるわけじゃないのに……)

薫は「生きていくための稼ぐ手段」として、“歌姫”になった者がほとんどだと言っていた。

確かに、好き好んで娼婦をやる者もないだろう。
そうすることでしか、生計を立てられない者もいるのだ。それを───。

(気持ちは、解る。
でも、それによって人に対する態度や扱いを変えるのは、違うと思う)

「……ごめんね、留加。せっかく食事に付き合ってもらったのに、こんな……」

夜間はライトアップされている噴水近くのベンチ。
手にしたハンバーガーをひとくちかじって、未優は溜息をつく。

結局、未優たちは、ファストフード店でバーガーセットを頼み、店内での視線が痛い気がして、近場の公園へと移動したのだった。

「気にしてない」

ホットコーヒーに口をつけ、留加は事もなげに言った。

思わず未優は、留加を見上げる。

「でも、あたしが一緒だったから……!」

「門前払いには慣れている。おれは『犬』で、しかも“混血種”だ。“支配領域”以外では、ずっと扱いはひどかった。
……今日は、ましなほうだろう」

遠くを見つめ、淡々と留加は事実を告げた。

『犬族』は六つの“種族”中、力関係は一番格下。
そのうえ“混血種”ともなれば、どこでも差別を受けるのは必然だった。

住む場所も、職業選択も、何か一つサービスを受けるにしても、扱われ方が違う。

「そう、なの……?」

「あぁ」

『山猫族』は『犬族』のひとつ上の格という【低さ】だが、未優は“純血種”で、しかも『山猫』の本家イリオモテの血をひいている。

“希少種”は、他“種族”からも一目置かれ、敬意をはらわれるものだ。
未優が“種族”上の「差別」を感じたことがなかったのは、仕方がないのかもしれない。

未優はうつむいた。
自分の世間知らずには、ほとほと嫌気がさしてきた。

「留加……あたしって、ホント、留加の言った通り、バカだよね」

苦笑いが浮かぶ。
きっと【知る】チャンスはいくらでもあったはずだ。

───政治家としての父と関わり、十九にして一族の重要なポストに就いている慧一に、教わりさえしていれば。

だが未優は、それらを興味のないものとして切り捨て、好きな歌や踊りにしか目を向けずにいた。

(好きなことだけして、生きてきた)

そして、今、“歌姫”になって夢を叶えた───最高の、自分が望む形で。
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