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第二章 禁忌の称号

誰かを『犠牲』にしても【1】

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(ってか、ここどこ……!?)

押さえ切れぬ感情のまま走り、本来なら“第三劇場”の真ん前のモノレールに乗ればいいところを通過し、ここまで来てしまった。

しかし、その、「ここ」は「どこ」なのだろう。ハニーシティであることは、確かだろうが。

つい今しがたまで、人の通りの多いところを走っていたが、今は人影もまばらだった。
ビルの谷間を人を避けながら行くのは、未優には窮屈すぎて、足が自然を求めた結果、ここにいた。

ベンチを見つけて力なく腰かけたとたん、携帯電話が鳴った。画面を見やれば見覚えのある名前。

「───もしもし、未優? 今、どこにいるの?」

薫だった。

初めて会った日、未優から強引に連絡先を訊きだすと、ようやく引き下がってくれたのだが───。

その日から毎日、昼夜問わずに何かしらのメッセージとコールがあり、正直なところ未優は、もう何年も前から薫を知っていたような気がしてしまっている。

(慧一が「ストーカーだろ、それは」って、あきれてたけど)

「……緑に囲まれてて、クレープ屋さんがあって───あ、ハトにえさやってる人がいる。
それから……いま、目の前を獣型の『虎』が通り過ぎて行った」

「未優、ふざけてないで、もっと建物とか……動かないものの特徴言ってくれる?」

あきれたような響きの薫の声に未優はうなった。
……ふざけてなど、いない。大真面目に周囲の様子を伝えたのに。

「だから! 緑がいっぱいで、あたしは今、ベンチに座ってんの! もういいよ、誰かに道訊いて帰るから!」

一方的に通話を切る。

別に、一人でだって、帰れる。来た道を戻って、“第三劇場”前のモノレールに乗れば良いのだ。

未優は立ち上がった───が。

(あたし……どっちから来たんだっけ?)

未優は、自分が筋金入りの方向音痴だったことを思いだす。
……自力で帰るのは、無理だ。

そう結論づけた時、タイミングをはかったように、携帯電話が着信を知らせてきた。
見ず知らずの他人を頼るより、ここは『虎』の“支配領域”だ。大人しく彼を頼ろう。

そう思って電話に出たとたん、
「未優、歌って!」
いきなり言われ、未優はあっけにとられた。薫はそのまま話を続ける。

「僕、あんまり嗅覚は鋭くないけど、“耳”は良いから。聴覚も、良い音を聴き分けるって意味でも」

「歌えって言われても……」

「僕を信じて、歌って。その声が、僕を未優のところまで導いてくれるはずだから」

確かにネコ科の自分達は、本来聴覚が鋭い。
本来、と位置づけたのは、未優は感覚系の「獣」の部分が、一族のなかでもまれなほど「人並み」であったからだ。

「解った。歌う。……けど、早く来てね。恥ずかしいから」

「何言ってんの、未来の“歌姫”が。みんなにその歌声、聴かせてあげなよ」

ふふっと笑って、薫は通話を切った。

未優は深呼吸した。
小さな声で発声し始めると、それから歌い、語りだす───今日演じたばかりの、『人魚姫』を。


†††††


「じゃ、まだディナーには早いしお茶にでもしようか」

「“第三劇場”前まで連れてってよ。あたし、家に帰りたいんだけど」

機械スマホより、やっぱ獣の力の方が役に立つんだねー、と、しみじみ言って、薫は聴衆に囲まれた未優に笑って近づいてきた。

ちなみに、かなり前にはこの場所に着いていたはずだが、未優の『人魚姫』を聴きたいがため、気配を絶っていたようだ。

「ねぇ未優。じゃ、こんなのはどう? 僕が知ってる『禁忌』について教えながらのティータイム」

薫は、未優がいま一番欲しいものを知っていた。未優は薫の誘いに、のるしかなかった。

───知らないことが、のちに自分を苦しめることを、知ってしまったのだから。

「『禁忌』ってのは、もともとは未優のような“純血種”が“歌姫”になった時に、与えられる“地位”だったらしいよ」

未優が迷子になった場所から、ほとんど離れていないオープンカフェ。

薫は運ばれてきたカフェオレをひとくちすすると、そう切りだした。
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