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第二章 禁忌の称号
つらい現実を知るがゆえの『予防線』【3】
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「追いかけなくて、いいの?」
未優の背中を見送って、薫は留加に声をかける。
「絶対アレ、勘違いしてるよ?」
「……何をだ」
「君が自分の側にいるのは、ビジネスだけだって」
「……事実だ」
「ふーん、そう? なら、僕が未優を追いかけるけど、いい?」
いたずらっぽく笑って、薫は留加をのぞきこむ。冷たい眼差しが、薫を射る。
「君の自由だ。好きにすればいい」
薫は噴きだした。
……なぜ、気づかないのだろう。
「ねぇ、留加。君、矛盾してるよ? 本当にビジネスだけだっていうなら、君はここで、未優を追うべきだ。それが、雇い主である慧一の意向だったはずだからね。
なのに、君は未優を追わないでいる。それは──」
言いかけて、薫はふふっと笑う。
これ以上の『親切』は、留加にとってもありがた迷惑だろう。そう思って、薫は違う言葉を口にする。
「じゃ、僕は未優を追うよ。ここはウチの“支配領域”だし、何かあってからじゃ遅いからね。
──というワケで。響子さん、僕はこれで失礼します。これからちょくちょく来ることになると思うけど、どうぞ、お手柔らかに」
閉めかけた扉のすき間から顔をのぞかせ、片目をつぶってみせると、薫は部屋を出て行った。
あとに残された留加は、小さく息をつく。
「──アムールの坊っちゃんの言う通りだね。お前さん、なんでわざわざ誤解を生むような言い方、したんだい」
執務に戻りながら、響子は留加に声をかける。
留加は黙っていた。
「犬飼」という“血統”名は、ジャーマン・シェパードの血をひくことを示しているが──。
「お前さん、シベリアンハスキーの血が混じってんね、その青い眼」
いきなりの話題転換に、ぎょっとなって留加は響子を振り返った。
ふっと笑って、響子は手にした万年筆を留加に突き付ける。
「人並み以上の情を持ち合わせていんのに、それを表現するのがヘタな血筋だ。お前さんの性質は、それが顕著に表われてるよ。
──さっきのは、予防線ってヤツかい?
“異種族間子”の知り合いがいるらしいね。つらい現実を知っているからこそ恋愛には慎重にならざるを得ないか」
「あなたには、関係のないことだろう」
強い口調で留加が切り返してくる。思った通りの反応に、響子は髪をかきむしった。
「……あのお嬢ちゃんが“歌姫”にならないっていうなら、その通りさ。
だがね、その可能性は極めて低いだろうよ。
お前さんは、お嬢ちゃんとやっていくことになるだろう。……避けて通れる道じゃないはずだ」
留加は答えない。だが、それが答えだ。
「うまく距離を保って、お互いがお互いを高められるなら、構わないさ。けど、そううまくゆくかねぇ。
お嬢ちゃんは、あの通りの直情型だ。中途半端な愛情は、かえって苦しめることになる。
……それでもって、あの才能は、つぶれるね」
面白くない気分で言って、響子は腕を組む。
恋愛が、良くも悪くも左右するタイプだ。うまく育ててやらなければなるまい。
「お前さん、そうなる前に身を引けるのかい? 他の“奏者”に、自分のあとを託せるんだろうねぇ?」
そのためには、このヴァイオリニストをどうにかしなければ。
「できないなら手を引いとくれ。あれは素直な子だ。お前さんに深入りする前に、別の“奏者”をつければ、案外うまくゆくだろうからね。
──返答は?」
留加は響子に向き直った。真っすぐに見返して、答える。
「おれは、彼女のために弾くと決めている。彼女が望むなら弾くし、望まないなら……それまでだ」
「満点じゃないね。お嬢ちゃんの方から、お前さんを突き放したりはできないだろうさ。
つまりは、アタシが心配してるのは、そこだよ。お前さんの、意思だ。
お嬢ちゃんと一生やってゆく気概はあるのかってコトだ。向き合って、逃げずにやっていけるのかってコトさ」
「……彼女と共鳴する時間は、手放したくない」
かすれる声音に、留加の情熱が読みとれ、響子は満足する。
「だったら、逃げなさんな。お嬢ちゃんから向けられる想いからも、自分が抱く感情からも。
それがお前さん達を導く標となるはずだからね」
留加は目を閉じた。
……できるだろうか、自分に。彼女からも、己からも、逃げずに向き合うことが。
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