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第二章 禁忌の称号

つらい現実を知るがゆえの『予防線』【2】

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響子の言葉に、未優はもう一度頭を下げた。
慧一は小さく息をついて立ち上がり、響子に対して短いあいさつを告げた。

留加は扉に向き直り、薫が未優に声をかけた時、慧一の携帯電話が鳴った。
失礼、と、断りを入れてでる。

「……今、終わったところだ。……あぁ、すぐに向かう。必要書類はそろえてある。ここだと公用だから、三番ゲートに待機しろ。……頼む」

通話を終えると、慧一は響子に向き直った。

「すみませんが、こちらの公用モノレールを使わせていただきたいのですが」

「構わないよ。いま、秘書呼ぶから待っておいで」

響子の言葉に礼を返し、慧一は留加に声をかけた。

「例の契約は一時凍結ということで、了承してもらえるだろうか」

「あぁ、分かった」

「今日の報酬については、明日には指定の口座に入るはずだから、確認してくれ。
それと、すまないが、こいつをマロンタウンまで送ってやってくれ。……ついでに、ハエも追い払ってくれると助かるんだが」

「慧一。それを言うなら、ハ・チ、だよ。可愛い花の甘い蜜に誘われる、ハチ。
ハエじゃあ、未優までおとしめることになるじゃないか。言葉には気をつけてよね」

「……善処する」

薫の横やりに、留加は眉を寄せた。
……相変わらずの感覚に、ついていけない。

慧一も同様のようで、薫をいまいましげににらむと、呼ばれて来た響子の秘書と共に部屋を出て行く。

「行こうか」

それに続いて、留加は未優をうながした。
すると、何か言いたげな、困惑した表情と目が合った。

「……今の、契約とか報酬って、何」

およそ未優らしからぬ、感情を押し殺した声。

ちらりと響子が目を上げて、未優と留加を見た。薫は腕を組んで、あらぬ方向を見ている。

留加が言った。

「君が“歌姫”になるなら、おれが君の専属の“奏者”になるという、契約だ」

「……父さまに、言われて?」

「正確には、君の婚約者が作成したものだろう。
先日、仮契約は済ませた。あとは、君が“歌姫”になった時本契約を結ぶ手はずになっている。
──何か、問題が?」

静かで淡々とした口調。なんの感情も浮かばない留加の青い瞳が、未優を映す。

訳の解らないいら立ちが、未優を襲った。片手が、上がる。

「……っ……」

「信じてたのにっ!」

留加の片頬を叩いた手を、もう片方の手で押さえこむ。震えが、止まらなかった。

留加が未優にくれた言葉のひとつひとつが、それまでとは違った響きをもって、未優のなかでよみがえる。
未優を喜ばせたそれらは、留加の「仕事」のうちなのだ。

留加が自分に対し、恋愛感情を抱くはずはないということは、解っている。
だが、自分の“奏者”になってくれるということは、ふたりの間に「特別なつながり」ができるはずだと、未優は思っていた。
互いに対する恋愛とは違う意味での、好意的なものがはたらくのだと……。

しかし、そうではなかった。
留加は、「仕事」として、未優の“奏者”を務めあげただけだった──報酬を得るために。

きゅっと唇をひき結び、未優は支配人室を飛び出した。

(あたしは本当に……何も解ってなかった……!!)

考えてみれば、おかしな話だ。
街中で偶然出会った留加にひとめぼれして、次に会った時、彼は【なんの関心もなかった】自分に声をかけてきた。

そして、その次には、ためらわずに“奏者”を引き受けた。……あまりにも、未優に都合が良すぎる。

(全部、ウソっぱちだったんだっ……)

最初は足早に歩いていただけだったが、次第に速度が早まっていき、気づくと未優は、見知らぬ街を目的もなく駆けていた……。



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