22 / 101
第二章 禁忌の称号
つらい現実を知るがゆえの『予防線』【2】
しおりを挟む
響子の言葉に、未優はもう一度頭を下げた。
慧一は小さく息をついて立ち上がり、響子に対して短いあいさつを告げた。
留加は扉に向き直り、薫が未優に声をかけた時、慧一の携帯電話が鳴った。
失礼、と、断りを入れてでる。
「……今、終わったところだ。……あぁ、すぐに向かう。必要書類はそろえてある。ここだと公用だから、三番ゲートに待機しろ。……頼む」
通話を終えると、慧一は響子に向き直った。
「すみませんが、こちらの公用モノレールを使わせていただきたいのですが」
「構わないよ。いま、秘書呼ぶから待っておいで」
響子の言葉に礼を返し、慧一は留加に声をかけた。
「例の契約は一時凍結ということで、了承してもらえるだろうか」
「あぁ、分かった」
「今日の報酬については、明日には指定の口座に入るはずだから、確認してくれ。
それと、すまないが、こいつをマロンタウンまで送ってやってくれ。……ついでに、ハエも追い払ってくれると助かるんだが」
「慧一。それを言うなら、ハ・チ、だよ。可愛い花の甘い蜜に誘われる、ハチ。
ハエじゃあ、未優までおとしめることになるじゃないか。言葉には気をつけてよね」
「……善処する」
薫の横やりに、留加は眉を寄せた。
……相変わらずの感覚に、ついていけない。
慧一も同様のようで、薫をいまいましげににらむと、呼ばれて来た響子の秘書と共に部屋を出て行く。
「行こうか」
それに続いて、留加は未優をうながした。
すると、何か言いたげな、困惑した表情と目が合った。
「……今の、契約とか報酬って、何」
およそ未優らしからぬ、感情を押し殺した声。
ちらりと響子が目を上げて、未優と留加を見た。薫は腕を組んで、あらぬ方向を見ている。
留加が言った。
「君が“歌姫”になるなら、おれが君の専属の“奏者”になるという、契約だ」
「……父さまに、言われて?」
「正確には、君の婚約者が作成したものだろう。
先日、仮契約は済ませた。あとは、君が“歌姫”になった時本契約を結ぶ手はずになっている。
──何か、問題が?」
静かで淡々とした口調。なんの感情も浮かばない留加の青い瞳が、未優を映す。
訳の解らない苛立ちが、未優を襲った。片手が、上がる。
「……っ……」
「信じてたのにっ!」
留加の片頬を叩いた手を、もう片方の手で押さえこむ。震えが、止まらなかった。
留加が未優にくれた言葉のひとつひとつが、それまでとは違った響きをもって、未優のなかでよみがえる。
未優を喜ばせたそれらは、留加の「仕事」のうちなのだ。
留加が自分に対し、恋愛感情を抱くはずはないということは、解っている。
だが、自分の“奏者”になってくれるということは、ふたりの間に「特別なつながり」ができるはずだと、未優は思っていた。
互いに対する恋愛とは違う意味での、好意的なものがはたらくのだと……。
しかし、そうではなかった。
留加は、「仕事」として、未優の“奏者”を務めあげただけだった──報酬を得るために。
きゅっと唇をひき結び、未優は支配人室を飛び出した。
(あたしは本当に……何も解ってなかった……!!)
考えてみれば、おかしな話だ。
街中で偶然出会った留加にひとめぼれして、次に会った時、彼は【なんの関心もなかった】自分に声をかけてきた。
そして、その次には、ためらわずに“奏者”を引き受けた。……あまりにも、未優に都合が良すぎる。
(全部、ウソっぱちだったんだっ……)
最初は足早に歩いていただけだったが、次第に速度が早まっていき、気づくと未優は、見知らぬ街を目的もなく駆けていた……。
慧一は小さく息をついて立ち上がり、響子に対して短いあいさつを告げた。
留加は扉に向き直り、薫が未優に声をかけた時、慧一の携帯電話が鳴った。
失礼、と、断りを入れてでる。
「……今、終わったところだ。……あぁ、すぐに向かう。必要書類はそろえてある。ここだと公用だから、三番ゲートに待機しろ。……頼む」
通話を終えると、慧一は響子に向き直った。
「すみませんが、こちらの公用モノレールを使わせていただきたいのですが」
「構わないよ。いま、秘書呼ぶから待っておいで」
響子の言葉に礼を返し、慧一は留加に声をかけた。
「例の契約は一時凍結ということで、了承してもらえるだろうか」
「あぁ、分かった」
「今日の報酬については、明日には指定の口座に入るはずだから、確認してくれ。
それと、すまないが、こいつをマロンタウンまで送ってやってくれ。……ついでに、ハエも追い払ってくれると助かるんだが」
「慧一。それを言うなら、ハ・チ、だよ。可愛い花の甘い蜜に誘われる、ハチ。
ハエじゃあ、未優までおとしめることになるじゃないか。言葉には気をつけてよね」
「……善処する」
薫の横やりに、留加は眉を寄せた。
……相変わらずの感覚に、ついていけない。
慧一も同様のようで、薫をいまいましげににらむと、呼ばれて来た響子の秘書と共に部屋を出て行く。
「行こうか」
それに続いて、留加は未優をうながした。
すると、何か言いたげな、困惑した表情と目が合った。
「……今の、契約とか報酬って、何」
およそ未優らしからぬ、感情を押し殺した声。
ちらりと響子が目を上げて、未優と留加を見た。薫は腕を組んで、あらぬ方向を見ている。
留加が言った。
「君が“歌姫”になるなら、おれが君の専属の“奏者”になるという、契約だ」
「……父さまに、言われて?」
「正確には、君の婚約者が作成したものだろう。
先日、仮契約は済ませた。あとは、君が“歌姫”になった時本契約を結ぶ手はずになっている。
──何か、問題が?」
静かで淡々とした口調。なんの感情も浮かばない留加の青い瞳が、未優を映す。
訳の解らない苛立ちが、未優を襲った。片手が、上がる。
「……っ……」
「信じてたのにっ!」
留加の片頬を叩いた手を、もう片方の手で押さえこむ。震えが、止まらなかった。
留加が未優にくれた言葉のひとつひとつが、それまでとは違った響きをもって、未優のなかでよみがえる。
未優を喜ばせたそれらは、留加の「仕事」のうちなのだ。
留加が自分に対し、恋愛感情を抱くはずはないということは、解っている。
だが、自分の“奏者”になってくれるということは、ふたりの間に「特別なつながり」ができるはずだと、未優は思っていた。
互いに対する恋愛とは違う意味での、好意的なものがはたらくのだと……。
しかし、そうではなかった。
留加は、「仕事」として、未優の“奏者”を務めあげただけだった──報酬を得るために。
きゅっと唇をひき結び、未優は支配人室を飛び出した。
(あたしは本当に……何も解ってなかった……!!)
考えてみれば、おかしな話だ。
街中で偶然出会った留加にひとめぼれして、次に会った時、彼は【なんの関心もなかった】自分に声をかけてきた。
そして、その次には、ためらわずに“奏者”を引き受けた。……あまりにも、未優に都合が良すぎる。
(全部、ウソっぱちだったんだっ……)
最初は足早に歩いていただけだったが、次第に速度が早まっていき、気づくと未優は、見知らぬ街を目的もなく駆けていた……。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる