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第二章 禁忌の称号
つらい現実を知るがゆえの『予防線』【1】
しおりを挟む支配人室に戻ると、そこには慧一の他に留加もいて、未優は恥ずかしさのあまり、扉の前に立ち尽くしてしまう。
自分が“歌姫”になるために、見ず知らずの男に身を任せようとしてた事実を、当の薫はもちろん、慧一にも留加にも知られていたのだ。
「何、突っ立ってんだい。座んな、話があんだからさ」
「未優」
薫に背を押され、ソファーへと座らせられる。
慧一は未優の隣に座り、薫は響子の隣に腰かけたが、留加だけは変わらず部屋の入り口付近に立っていた。
「──お嬢ちゃん、あんたの覚悟は解ったよ。
と、いうより、馬鹿さかげんが、といった方が正しいかもしれないけどね。試すような真似して、悪かったね」
苦笑いを浮かべる響子の真意を探ろうと、未優はじっと見つめ返した。
「ハッキリ言うよ。
あんたは、まともなやり方じゃ、“歌姫”にはなれないんだ。“劇場”が政府の権力下にあることを考えれば当然の話でね。
たいていの規制はないのが“歌姫”だが、一応、
『“純血種”を雇ってはならない』
っていうお達しだけはいただいてんのさ。
“歌姫”が娼婦である以上、貴重な血筋の人間を、穢すわけにはいかないからね」
「じゃあ、あたしは、どうあっても“歌姫”にはなれないんですか……?」
娼婦になってでも、という自分の覚悟は無駄だったのか。未優は青ざめたが、響子はニヤリと笑った。
「まともなやり方じゃ、と言ったろ? “歌姫”に“地位”があるのは知ってるかい?」
「名称だけしか知りませんけど、一応……」
慧一からの情報を、頭の片隅から引っ張りだしてうなずく。
「そうかい。
“地位”は上から『女王』『王女』『声優』『偶像』『踊り子』となっててね。まぁ、それぞれの特色は省くけど、普通、新人“歌姫”は『踊り子』から始めて『女王』を目指すようになってる。
それで、だ」
本題に入ることを言外に匂わせ、響子は言葉を切った。
「ちなみに、“歌姫”でも、客をとらなくてもいい“地位”ってのがある。そのひとつが『女王』だ。
『女王』は公娼免除の他に様々な特権があるため、全国の“劇場”中で一人しか置けないことになっていて、不定期に『女王』を決める大会がある。
そして、公娼免除のもうひとつの“地位”が、『禁忌』だ。こいつは、他の“地位”とは別枠で、他の“地位”が人数制限なしなのに対して各“劇場”に一人しか置けないことになってる。
つまり──あんたが“歌姫”になるとしたら、この“地位”につくしかないのさ」
「『禁忌』……」
他の“地位”とは明らかに違う響き。
公娼免除ということは“歌姫”本来の“舞台”だけに集中できるということだ。
未優が望むかたちで“歌姫”になれる。
(娼婦にならなくても“歌姫”になれる……)
未優の心が、にわかに躍りだす。夢の実現が、その“地位”で果たされる。
「それに、あたしはなれるんですか……?」
「言ったろう? 別枠だって。特殊な“地位”なんだ。
まっとうに“歌姫”になれないあんたが、“歌姫”になろうって言うなら、『禁忌』の座に就くしかないって。
どうしてもあんたが“歌姫”になるっていうなら、アタシが言えるのは、それだけだよ」
思わず即答しかけた未優だったが、さすがに今回の一件──“歌姫”が公娼だと知らなかったこと──で学んでいたので、その答えをのみこんだ。
「すぐに答えなくていいさ。どっちにしろ、お嬢ちゃんは“歌姫”になるってことを、もっとちゃんと考えた方がいいだろうからね。
返事は一週間後にもっておいで。“歌姫”になることを決めたら、あんたは親元を離れてここで暮らすようにもなるんだ。
そういった点も、じっくり考えて結論をだした方がいい。
アタシの話は、以上だよ」
「──はい。ありがとうございました」
立ち上がって、未優は響子に頭を下げた。
そんな未優に、響子は初めて優しい微笑みを向けた。
「……アタシは馬鹿は嫌いじゃないよ、お嬢ちゃん。あんたの本気を、アタシに見せとくれ。
良い返事を、期待してる」
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