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第二章 禁忌の称号
夢の先にある影【1】
しおりを挟む暗い客席の中、慧一はさきほど見た未優の“舞台”を思いだしていた。
(あいつは昔から、「自分」を表現するのがうまかったな)
自分とは正反対の、真っすぐな自己表現。
それが憎らしくて、どうにかして泣かせてやろうと、いつも意地悪な物言いを繰り返してきた。
いつかその心に醜い感情を宿らせて、ひた隠しに表面をつくろう様を、見てみたかった。
しかし、未だにその野望は成し得ていない。
(恋をすれば、あるいは)
そう考えて、苦笑いする。その相手になり得る者は、いつも異“種族”で。
未優の遺伝子には、恋愛に関して間違ったプログラムがなされているとしか、思えなかった。
同“種族”間の婚姻が常識とされる世で、当たり前のように引き合わされた、自分と、未優。
彼女が十三歳、慧一は十五歳だった。
イリオモテの系譜では、他の婚約者候補に比べ、慧一は、彼女から最も遠い血筋だった。
「血の繋がりが遠いほど良縁」とされる“純血種”同士の結婚相手としては、最適と目されていたのもうなずける。
(結婚か)
イリオモテの次期当主は未優だが、彼女と結婚すれば自動的に実権は自分のものになるだろう。それは、望むところだ。
だが。
(好きでもない男と、結婚するような女か、あいつが……)
もちろん無理強いはできるし、結局そうなるだろう。別段、心が痛むわけでもない。
嫌われるのには、慣れている。好かれようとは思っていない。
慧一は立ち上がった。
そろそろ響子との面談も終わる頃だろう。迎えに行ってやらなければ。
ふいによぎった未優の顔に、慧一はふたたび苦笑いした。
(本当に、面倒な女だな……)
それが、恋に似て非なるものだということに、とうの昔に気づいていた──。
†††††
(“歌姫”が公娼……)
政府が認める娼婦。それが“歌姫”の裏の顔だった。
“歌姫”になるというのは、すなわち娼婦になるということ──その事実に未優は打ちのめされ、言葉もなかった。
慧一は……留加は、薫は、知っていたのかもしれない。いや、恐らく知っていたはずだ。
なのに、なぜ、教えてくれなかったのだろう。
(違う! あたしが訊けば、良かったんだ……!)
彼らの言葉の端々に、気づくためのサインがあったはずだ。
未優が気づけなかっただけなのだ──夢の先にあるものの、影に。
「あんたは『山猫族』の貴重な存在だろう。最後の、イリオモテの姫だ。
そんな人間が、本当に娼婦になれるのかい? 周囲に過保護に守られてきたあんたがさ。
今日の“舞台”、あんたは自分の持ち衣装で踊っていたね? ありゃ、オーダーメイドだろ。
……よくお聞き。
ウチに今いる“歌姫”は、アタシの前に初めて現れた時、誰も自分の衣装なんて持ってなかった。
皆、ここで必死に働いて手に入れて、初めて自分の衣装を持てるんだ。それまでは、先輩“歌姫”のお下がりを着る。それがここの連中の常識さ。
“奏者”だってそう。
面接の段階でお抱えヴァイオリニストを連れてくるなんざ、前代未聞だよ。
一体、どれだけ金を積んだんだい?」
未優は激しく首を横に振った。何もかも、金で手に入れたと言われているみたいで、たまらなかった。
「留加は……留加は、あたしが頼んで、それで“奏者”になってくれたんです!」
「……あんたの歌声にホレたとでも言ってたかい? 今日聴いた限りじゃ、ありゃ相当な数の依頼をこなしてきた、プロのヴァイオリニストだよ。
アタシのいうプロってのは、音楽家のことじゃない。金を積まれりゃどんな相手にだって弾いてやる、そういう意味での『プロ』だ。
おおかた、あんたの知らないところで、あんたの親父さんとでも専属契約を交わしてるんだろうさ」
未優は唇をかんだ。
今ここで何を言っても無駄だ。事実の真偽は、あとで留加に訊けば、すぐにわかることだ。
(留加は、あたしとの『約束』で“奏者”になってくれたんだもの)
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