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第二章 禁忌の称号
恋に落ちた『人魚姫』【1】
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両脇に幾つも並んだ鏡と丸椅子の間を抜けて行くと、一番奥まった所に一段高くなった三畳の座敷があり、未優はそこへ靴を脱いで上がった。
備え付けのカーテンを閉め、バッグから衣装を取り出す。
ノースリーブに膝丈のワンピースは、桜色をしていて、腰から下は花びらのように幾重にも布が折り重なっている。
跳躍を制限させないために、足まわりが自由のきくようにデザインされていた。
同素材のネックウェアをつけ、未優はカーテンを開ける。
ストラップ付きの水色がかった白いパンプスを履く。
この日のために何度かこの靴で踊ってみたが、やはり着地の時のバランスに、多少の不安が残った。
(落ち着いてやれば、大丈夫)
鏡の中の自分に言い聞かせて、未優は腰まである栗色の髪を、丁寧に梳いていく。
小花が付いたリボンを髪に編み込み、仕上げに色付きのリップクリームをひいた。
本来なら“舞台”映えするメイクをほどこしたかったが、慧一に、
「化け物か」
と、突っ込まれた技術ではしない方がマシだろう。
(「般若面」に化け物って言われちゃね……)
ふっ……と、未優の口元にニヒルな笑みが浮かぶ。と、その時、扉が叩かれた。
「未優。まだかかりそうか?」
「あっ、今行くから、待ってて!」
全身を映す鏡の前で最終チェックを入れて、扉を開ける。
「ごめんなさい! お待たせしましたっ……」
あわてて出た廊下に留加が立っていて、未優は一瞬、惚けてしまう。
(わーん……やっぱ留加、カッコ良すぎる……)
立て衿ヒダ胸のシャツにブラックの蝶ネクタイ、カマーバンドというスタンダードな燕尾服をさらりと着こなしている。
上着のボタンを留めていないのは、演奏の妨げにならないようにするためだろう。
清史朗ほどの長身ではないが、姿勢が良いせいか凛々しいその様が舞台上で映えるのは、間違いなさそうだ。
「あぁ、良くお似合いですね、その桜色のドレス。とても可愛らしい」
「えと……ありがとうございます」
ゆったりと清史朗に微笑まれて未優は社交辞令と思いつつも、照れくささに頬が染まった。
「では、舞台袖までご案内致します。
演目は『人魚姫』でしたね。変更はございませんか?」
「はい」
清史朗は先を歩きながら、未優に今日の日程を話す。
実技試験ののち、ふたたび私服に着替え、支配人の執務室にて面談、それから、専属医による身体検査があること。
何か質問は? との言葉に、未優はおずおずと切りだす。
「あの……その身体検査で落とされるってコト、ありますか? 身長とか体重の制限とか……」
一番訊きたい「胸」についてはさすがに省く。清史朗は首を振った。
「いいえ。そういう規定はございません。……ですが」
初めてそこで声を落とした清史朗に、留加が視線を向ける。
「その前の段階で、“歌姫”としての適性がないと、支配人が判断する可能性はございますね」
「そう、ですか……」
未優は息をついた。
うまくやれるだろうか?
練習は積んだ。
今日までの間、自分のできうる限りの努力はした。
あとは、それを“舞台”で表現するだけだ──。
薄暗い舞台袖で、未優は深呼吸した。
(大丈夫。自分のすべてを出し尽くそう……)
目を閉じて、もう一度、深呼吸する。そして、小さな声で、音階を歌う。
留加は調弦を行いながら、そんな未優を見つめる。
清史朗に対してなされた彼女の質問に、不覚にもまた、迷いが生じた。
けれども。
舞台の方を真っすぐに見つめている、大きな緑色の瞳。紅潮した頬が緊張のためか、わずかに強ばっている。
だが、もれ聞こえてくる歌声が留加の迷いを打ち消すほどの強い力を放って、響く。
……だから、弾くのだ。
「君は一人で“舞台”に立つわけじゃない。それを、忘れるな。
──おれは、君のために、弾く」
瞬間、未優はパッと長い髪を散らし、留加を振り返ってきた。泣きそうな微笑みで留加を見上げ、そして告げる。
「……ありがとう」
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