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第一章 歌姫になるために
束縛と愛情の押し売り【3】
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「──僕に用? それとも、彼女に?
まさか今時、“支配領域”争いってわけでは、ないよね?」
口調はやわらかいのに、声音は低く、放つ気配は殺気を帯びている。
……ふと、その気配がゆるんだと思ったら、慧一の声がして、彼の姿が未優の視界にも入ってきた。
「類は友を呼ぶってヤツか。未優、お前以外にも、トチ狂った趣味の“純血種”がいるとはな。
……まったく。おめでたい奴らだ」
「……君のお目付け役とかだったりする?
すごい殺気を感じたから、ちょっとヤバかったよ。
あと二秒、彼が姿を現わすのが遅かったら、僕、殺っちゃってたと思うよ」
こっそり未優に告げる風を装って、薫ははっきりと慧一に対して言っていた。
何気ない口調に潜んだ明確な殺意に、未優は改めて身震いする。
同じネコ科でも……やはり『虎』は格上だ。地位も、能力も。
「留加には会えたのか? “奏者”を、引き受けてくれることになったか?」
「じゃ、改めて、ディナーのお誘いをするね。僕はオマケがいても、全然気にしないから大丈夫。さ、行こう」
「……まだ練習し足りないというなら、幾つか練習場所を押さえてあるが、どうする」
「……君は、魚介類が好き? それとも、肉類かな? 僕は、どっちも好きだから君の希望の方へ連れて行くよ?」
互いに相手を無視した会話を続ける二人に、未優は小さく息をついた。
……何やら薄ら寒い空気を感じるのは、気のせいだろうか。
「──貴様、いいかげん未優から手を放せ」
「あぁ、やっとでたね、本音。……あのさ、守ることと束縛することって、違うよね?」
「愛情の押し売りは見ていて疲れる。よそでやってくれ」
未優の頭の上で火花が散った。
どこまでも平行線な二人の会話に耐えきれず、未優は叫んだ。
「もうっ! どっちもあたしの前から、消え失せろーっ!!」
†††††
毎日、素っ気なくあしらっているのに、相変わらずポン引きは、懲りずに声をかけてくる。
留加は、ケバケバしい看板が幾つもかかったその道を、足早に通り過ぎた。
三度目の客引きを躱した頃には、酒瓶と汚物が散らばった通路へと、たどり着く。
古びたスナックが両脇に何軒か立ち並び、木造の二階建てアパートが、それに続いた。
その階段を、留加はゆっくりと昇っていく。
ふいに、自らの奏でた音色と共鳴した、透明な歌声が呼び覚まされ、留加の足が止まる。
(いまさら迷って、どうするんだ)
きつく目を閉じて、それから前を見据える。
自分は弾くだけだ、あの【幼い“歌姫”】のために。
まさか今時、“支配領域”争いってわけでは、ないよね?」
口調はやわらかいのに、声音は低く、放つ気配は殺気を帯びている。
……ふと、その気配がゆるんだと思ったら、慧一の声がして、彼の姿が未優の視界にも入ってきた。
「類は友を呼ぶってヤツか。未優、お前以外にも、トチ狂った趣味の“純血種”がいるとはな。
……まったく。おめでたい奴らだ」
「……君のお目付け役とかだったりする?
すごい殺気を感じたから、ちょっとヤバかったよ。
あと二秒、彼が姿を現わすのが遅かったら、僕、殺っちゃってたと思うよ」
こっそり未優に告げる風を装って、薫ははっきりと慧一に対して言っていた。
何気ない口調に潜んだ明確な殺意に、未優は改めて身震いする。
同じネコ科でも……やはり『虎』は格上だ。地位も、能力も。
「留加には会えたのか? “奏者”を、引き受けてくれることになったか?」
「じゃ、改めて、ディナーのお誘いをするね。僕はオマケがいても、全然気にしないから大丈夫。さ、行こう」
「……まだ練習し足りないというなら、幾つか練習場所を押さえてあるが、どうする」
「……君は、魚介類が好き? それとも、肉類かな? 僕は、どっちも好きだから君の希望の方へ連れて行くよ?」
互いに相手を無視した会話を続ける二人に、未優は小さく息をついた。
……何やら薄ら寒い空気を感じるのは、気のせいだろうか。
「──貴様、いいかげん未優から手を放せ」
「あぁ、やっとでたね、本音。……あのさ、守ることと束縛することって、違うよね?」
「愛情の押し売りは見ていて疲れる。よそでやってくれ」
未優の頭の上で火花が散った。
どこまでも平行線な二人の会話に耐えきれず、未優は叫んだ。
「もうっ! どっちもあたしの前から、消え失せろーっ!!」
†††††
毎日、素っ気なくあしらっているのに、相変わらずポン引きは、懲りずに声をかけてくる。
留加は、ケバケバしい看板が幾つもかかったその道を、足早に通り過ぎた。
三度目の客引きを躱した頃には、酒瓶と汚物が散らばった通路へと、たどり着く。
古びたスナックが両脇に何軒か立ち並び、木造の二階建てアパートが、それに続いた。
その階段を、留加はゆっくりと昇っていく。
ふいに、自らの奏でた音色と共鳴した、透明な歌声が呼び覚まされ、留加の足が止まる。
(いまさら迷って、どうするんだ)
きつく目を閉じて、それから前を見据える。
自分は弾くだけだ、あの【幼い“歌姫”】のために。
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