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第一章 歌姫になるために
束縛と愛情の押し売り【1】
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「ブラーヴァ!」
無邪気な明るさを宿した声と、拍手が、遠巻きに二人を見ていた観衆の合間から、届く。
つられたように拍手の渦が広がり、未優はいつの間にか集まっていた人々の輪を見回した。
笑顔で手を叩いてくれる見知らぬ人達に、少し照れながらも、いつか見た“歌姫”を真似て、気取って一礼する。
横で留加が、無愛想に会釈した。
「驚いた。やっぱり、“支配領域”外でもフラフラしてみるものだね。こんなに素敵な出逢いが待ってるんだもの」
一人二人と人の波が去って行くなか、その少年はニッコリと笑って、未優に近づいてきた。
ハチミツ色の髪に、碧色の瞳をしている。
さらさらの髪の間からのぞくピアスは、満月型の金色──『虎族』の“純血種”。
先程の称賛の声の持ち主だった。
「初めまして、こんにちは。
僕は薫。虎坂薫だよ」
ピアスを見せるように髪をかきあげ、人懐っこく微笑む。
「君の、名前は?」
「未優、だけど……?」
あっけにとられたまま名を告げる未優の片手を取って、薫はそこに自らの唇を押し当てた。
ちらりと、碧色の瞳が未優の耳元に向けられる。
「よろしく、未優。……『山猫』の、お嬢様」
「……っ……って、あんたーっ! いきなり何すんのっ!?」
「──あんなに綺麗な声で歌ってたのに。すごいね、このギャップ」
押し当てられた唇に一瞬だけ絶句してから、未優は勢いよく片手を振り、それから着ていたパーカーのすそで、ごしごしとこすった。
そんな未優を無視して、薫は留加に同意を求める。
「……おれも、初めて彼女の歌声を聴いた時には耳を疑ったが、もう慣れた」
「ふーん、そっか。で、そっちは?」
「犬飼留加」
うながされてフルネームで答えたのは、薫の名乗りに倣ったからではない。
本来なら薫のほうは、名字など名乗らずとも良いはずだった。
なぜなら、『虎』の“純血種”でこの髪にこの瞳であれば、アムールトラだと判るほどの貴重な“血統”であるからだ。
対して留加は、“血統”数の多い『犬』の“混血種”だ。
初対面で名字を口にするのは、当然の習わし──名字は“血統”を指し示す──だった。
「ところで二人は、もう長いの?」
「いや、今日初めて合わせてみたところだ」
「……そっちじゃないんだけど。まぁいいや。じゃ、付き合ってはいないってコトかな?」
「は?」
“奏者”歴を訊かれていると思っていた留加は、目を見開いた。
なんという馬鹿げた質問をするのか。
信じがたい非常識さだが“純血種”とは、皆、このような者が多いのだろうか──?
「君は……少し、一般常識やモラルを学んだ方が良いように思うが。
さっきの手の甲へのキスも、初対面の女性に対して失礼だろう」
留加は控え目に苦言を呈した。
一番格下の『犬』の自分が、上から数えた方が早い『虎』の薫に意見するには、それが礼儀だろうと思ったからだ。
「えー? あれは、あいさつのようなものでしょ?
っていうか、留加って若いのにカタイこと言うね。僕ら同じくらいの年齢に見えるけど、違うのかな。ね、いくつ?」
「十七だ」
「えっ?」
未優が声をあげる。その反応に、留加は軽く眉を寄せた。
「なぜ驚くんだ」
「だって、てっきり2コくらい上かと思ってたから……」
「──ほらぁ、あんまり変わんないじゃん、僕とー。なのに、なんか若さが足らないよー?
さっきの観客への対応も、ダメダメだったし。はい、スマイルスマイル!」
むにっと留加の両頬を薫がつまんでみせる。
留加の不快指数が確実に上がっているのを見てとり、未優は薫を押しやった。
「で、そういうあんたは何歳なワケ?」
半分ヤケになって訊く未優に、薫は嬉しそうに声を弾ませた。
「十六だよ! ね、少しは僕に興味をもってくれた? なら、付き合ってみない?」
「だから……なんでそうなるのよ……」
「好きだから、未優のことが」
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