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第一章 歌姫になるために
共鳴──『G線上のアリア』【2】
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「留加っ」
その背中に呼びかけ、未優は留加と交わしたわずかな会話から、思いついたことを問う。
「あなた、どこかに所属してる? それともフリー? もしそうなら──」
「君が本気で“歌姫”になるというのなら、君のために弾いてもいい」
先日とは違い、留加は未優に向き直った。手にしたヴァイオリンケースを掲げる。
「君の歌声は、おれのヴァイオリンと合うだろう。その共鳴した響きを、おれ自身、この耳で確かめたい。
だが」
その続きは未優ではなく、彼女の後ろにいる慧一に向かって投げかけられる。
「才能を生かすも殺すも環境次第だ。君の置かれているそれは、諸刃の剣のように、思う」
言い残して、留加はふたたび歩きだした。今度はもう、呼びかけても振り返りはしなかった。
未優は側に立つ慧一を見上げる。
「もう、意味わかんないっ。
しかも、あんたにしゃしゃり出て来られたおかげで、せっかく留加にまた会えたのに、連絡先も訊けなかったし」
「悪かったな」
素直に謝られ、未優はびっくりして慧一を見返した。
いつもは小言しか言わない口が、どうしたのだろうか。
未優の視線に気づいたらしい慧一が、ムッと顔をしかめた。
「……まったくお前は……俺に面倒事しかもちこまないな。
いいかげん、立ち上がったらどうだ。スカートの中が向こうから丸見えだろう」
「うっそ!? ちょっとヤダ! そういうことは、早く言ってよ……。
っていうか、留加に見られていたのかな!? どーしよー……あーん、あたしのバカバカバカバカ……」
「心配するな。ああいう朴念仁は女のスカートの中身なんぞに興味なんてない。
だから俺も放っておいたんだ。……って、おい。痛いのか?」
「思ってたよりは。でも、歩けないほどじゃないけど」
「──本当に面倒な女だな、お前は」
大きく息をついて、慧一は上着のポケットから携帯電話を取り出した。
「……俺だ。六番ゲートに待機しろ。……そう、ウチのお姫様のご帰還だ」
立ち並ぶ木々の中の一本に、人工の木が植えられている。
慧一は迷いもなく、そこへ近寄った。
パカリと、幹の一部分を開けるとアルファベットと数字が配列されたパネルが現れる。
慧一の指がパネルを素早く叩くとセンサーが彼の“ピアス”との照合を始めた。
地面が動き、地下への入り口が出現したのを見届け、慧一は座りこんだままの未優の元に戻る。
その腕に、彼女を抱き上げた。
急に持ち上げられ、未優は驚きのあまり慧一の首にしがみついたが、あわててとりやめると叫び声をあげた。
「いやぁっ。あんたなんかにお姫様だっこなんてされたら、末代までの恥じゃないのよ、下ろしなさいよっ」
「安心しろ。お前は存在自体が恥だ」
「いやーっ。信じらんないっ……こんなのイヤーッ」
「──“歌姫”になるんじゃないのか?」
ポツリともらされた問いかけに、未優は思わず暴れるのをやめ、慧一を見返した。
真剣な眼差しとぶつかり合う。
「なら、足は大切にしろ。いや、身体は全部だな。気を遣え」
「あんた……あんたは、あたしが“歌姫”になるの、反対なんじゃないの?
だって、父さまの考えてること一番良く解ってて……それでもって、あたしの行動見張ってたくせに。
なんで、そんなことを言うの?」
慧一は地下に続く階段を降りながら、未優の問いかけに鼻を鳴らした。
「お前が止めて聞くような女だったら、俺はこんなに苦労してない。
だったら、お前の行動を予測して先手を打つ方が、楽だと思っただけだ」
地下モノレール乗り場に着く。ここは、猫山家の専用レーンだ。
ほどなく滑りこんで来た一両のモノレールに乗りこむと、慧一は未優を座席へと下ろした。自らも隣へ腰かける。
「……要するに、あんたはあたしが“歌姫”になることを、応援してくれるってこと?」
「とりあえず、そうとってくれて構わない。
俺は、お前という『イリオモテの女』を護る立場にある。
だから、一族の為にも動くが、ひいてはそれがお前の為になることも……ならないことも、あるだけだ」
未優は溜息をついた。
(父さまといい、慧一といい……)
自分の周りの男供は、どうしてこう、もってまわった言い方ばかりするのだろう。
始終、謎かけされているようで、物事を解りやすく単純にとらえたい彼女にとっては、イライラさせられっ放しだ。
(あー、メンドくさっ……)
地下を行くモノレールの車窓に、未優のふてくされた顔と慧一の冷徹な表情が、並んで映しだされていた……。
その背中に呼びかけ、未優は留加と交わしたわずかな会話から、思いついたことを問う。
「あなた、どこかに所属してる? それともフリー? もしそうなら──」
「君が本気で“歌姫”になるというのなら、君のために弾いてもいい」
先日とは違い、留加は未優に向き直った。手にしたヴァイオリンケースを掲げる。
「君の歌声は、おれのヴァイオリンと合うだろう。その共鳴した響きを、おれ自身、この耳で確かめたい。
だが」
その続きは未優ではなく、彼女の後ろにいる慧一に向かって投げかけられる。
「才能を生かすも殺すも環境次第だ。君の置かれているそれは、諸刃の剣のように、思う」
言い残して、留加はふたたび歩きだした。今度はもう、呼びかけても振り返りはしなかった。
未優は側に立つ慧一を見上げる。
「もう、意味わかんないっ。
しかも、あんたにしゃしゃり出て来られたおかげで、せっかく留加にまた会えたのに、連絡先も訊けなかったし」
「悪かったな」
素直に謝られ、未優はびっくりして慧一を見返した。
いつもは小言しか言わない口が、どうしたのだろうか。
未優の視線に気づいたらしい慧一が、ムッと顔をしかめた。
「……まったくお前は……俺に面倒事しかもちこまないな。
いいかげん、立ち上がったらどうだ。スカートの中が向こうから丸見えだろう」
「うっそ!? ちょっとヤダ! そういうことは、早く言ってよ……。
っていうか、留加に見られていたのかな!? どーしよー……あーん、あたしのバカバカバカバカ……」
「心配するな。ああいう朴念仁は女のスカートの中身なんぞに興味なんてない。
だから俺も放っておいたんだ。……って、おい。痛いのか?」
「思ってたよりは。でも、歩けないほどじゃないけど」
「──本当に面倒な女だな、お前は」
大きく息をついて、慧一は上着のポケットから携帯電話を取り出した。
「……俺だ。六番ゲートに待機しろ。……そう、ウチのお姫様のご帰還だ」
立ち並ぶ木々の中の一本に、人工の木が植えられている。
慧一は迷いもなく、そこへ近寄った。
パカリと、幹の一部分を開けるとアルファベットと数字が配列されたパネルが現れる。
慧一の指がパネルを素早く叩くとセンサーが彼の“ピアス”との照合を始めた。
地面が動き、地下への入り口が出現したのを見届け、慧一は座りこんだままの未優の元に戻る。
その腕に、彼女を抱き上げた。
急に持ち上げられ、未優は驚きのあまり慧一の首にしがみついたが、あわててとりやめると叫び声をあげた。
「いやぁっ。あんたなんかにお姫様だっこなんてされたら、末代までの恥じゃないのよ、下ろしなさいよっ」
「安心しろ。お前は存在自体が恥だ」
「いやーっ。信じらんないっ……こんなのイヤーッ」
「──“歌姫”になるんじゃないのか?」
ポツリともらされた問いかけに、未優は思わず暴れるのをやめ、慧一を見返した。
真剣な眼差しとぶつかり合う。
「なら、足は大切にしろ。いや、身体は全部だな。気を遣え」
「あんた……あんたは、あたしが“歌姫”になるの、反対なんじゃないの?
だって、父さまの考えてること一番良く解ってて……それでもって、あたしの行動見張ってたくせに。
なんで、そんなことを言うの?」
慧一は地下に続く階段を降りながら、未優の問いかけに鼻を鳴らした。
「お前が止めて聞くような女だったら、俺はこんなに苦労してない。
だったら、お前の行動を予測して先手を打つ方が、楽だと思っただけだ」
地下モノレール乗り場に着く。ここは、猫山家の専用レーンだ。
ほどなく滑りこんで来た一両のモノレールに乗りこむと、慧一は未優を座席へと下ろした。自らも隣へ腰かける。
「……要するに、あんたはあたしが“歌姫”になることを、応援してくれるってこと?」
「とりあえず、そうとってくれて構わない。
俺は、お前という『イリオモテの女』を護る立場にある。
だから、一族の為にも動くが、ひいてはそれがお前の為になることも……ならないことも、あるだけだ」
未優は溜息をついた。
(父さまといい、慧一といい……)
自分の周りの男供は、どうしてこう、もってまわった言い方ばかりするのだろう。
始終、謎かけされているようで、物事を解りやすく単純にとらえたい彼女にとっては、イライラさせられっ放しだ。
(あー、メンドくさっ……)
地下を行くモノレールの車窓に、未優のふてくされた顔と慧一の冷徹な表情が、並んで映しだされていた……。
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