【完結】ハーフ☆ブラザー その瞳もこの唇も、僕よりまいさんの方がいやらしいのに?

一茅苑呼

文字の大きさ
上 下
22 / 24
番外編『邯鄲(かんたん)の夢』

僕の終わらない夢【3】

しおりを挟む
「お父さんもいないし……今夜は、まいさんを眠らせなくても、いいよね?」

耳もとでささやくと、一瞬ためらった気配がしたけれど、
「少しは寝かせてよ。
……明日、休みだけど、バレンタインの売場作りに行かなきゃいけないんだから」
なんて、色気のない返事をくれた。

……うん。
いつもの、憎らしいくらい愛しい僕のまいさんだ。


*****


厚いカーテンに覆われなかったわずかな隙間。レースのカーテンから射しこむ陽の光が、幸せそうな寝顔のまいさんを照らしていた。

───しなやかで優美な獣のような姿態も、僕の上で淫らに腰をくねらせていた悩ましげな表情も、嘘みたいに、脱ぎ捨てられて。
無邪気すぎる寝顔は、そのすべてが、僕の夢想であったかのように清麗だった。

光のまぶしさに、小さな声をもらして、まいさんが寝返りをうつ。
なよやかな肩のラインがあらわになって、僕の溜息を誘った。

───夢みたいに、幸せで。
夢のように、美しくて。
いつも、僕の胸にある想いは、この夢がいつまでも続いてくれたらと、願うことだった。

「……風邪ひいちゃうよ、まいさん」

そんな口実で、もう一度まいさんを抱き寄せて。
あたたかな体温を共有して。
僕は、ふたたび『夢のなかの夢』へと、潜りこむ。


*****


「ちょ、ちょ、ちょっと、大地っ……! 起きなさいよ、遅刻しちゃうわよ!?」
「ん~……大丈夫だよ、まいさん。僕、一時限目はサボりの予定だから……」

「何が大丈夫なのよっ。それ、全然大丈夫とは言わないでしょ! ってか、離しなさいよ、くっつき過ぎでしょ、コレ!」
「だってまいさん、あったかくてやわらかくて、気持ちいいし……」

僕の腕を、バシバシと遠慮なく叩きまくるまいさんの手に指を絡め、自由を奪う。

「だから、あと少し……僕に夢を見させてほしいな」
「……とっくに目ぇ覚めてるのに、なにアホなこと言ってんのよ。寝ぼけてないで早く支度するわよ?」

僕の腕のなかでもがきながら、まいさんがあきれたように息をつく。
ちょっと笑って、僕はまいさんの頬に唇を寄せた。

「……ね、『邯鄲かんたんの夢』って、知ってる?」

唐突すぎる質問は、思惑通り、まいさんの動きを止めさせた。
身体をひねって、僕を見返してくる。

「───朝っぱらから頭使わせないでくれる?
……なんだっけ……人生のはかないことの例え……だったっけ?」

難しそうに眉を寄せるまいさんが可愛いくて、とりあえず『おはようのチュー』をしてから、僕は「ほぼ正解」と微笑む。

盧生ろせいっていう青年が、邯鄲の都で仙人から借りた栄華が思いのままになるっていう枕で、人生一代の栄華を極める、ものすごく長い夢を見るんだけど、目覚めたらあわを煮炊きするくらいの短い間だった───……っていう、中国の故事だよ」

「……相変わらず、無駄によく知ってるわね、あんた」
「あはは……。まぁ、昔話とか言い伝えとか、そういうの読むの好きだから自然と覚えてるだけだけど……。
でも、僕がこの話を思い返す時に感じるのはね。
例え現実で流れる時間が、どれだけ短かったとしても、その栄華を極めるっていう彼にとっての『一番の憧れ』を、夢のなかででも体験できたのならそれはそれで、幸せだったんじゃないのかってことなんだ。
……目覚めた時に、どれほどむなしい感覚を味わったとしても、ね」

目を伏せて、僕はつぶやく。

「その『夢』を抱えていれば、きっと、生きて行けるから」

口にしたあと、自分でも感傷的すぎたことに気づいて、まいさんに悟られないよう身体を起こそうとした。
そんな僕の片腕を、まいさんがつかむ。

「……じゃあ、あんたの『良い夢』が、長く続くように、私も協力してあげる」

僕は驚いて、まいさんを見返した。
我ながら意味不明なつぶやきで、何を言っているんだろうと、思ったのに。

「きっと……ものすごく長い夢すぎて、途中であんたが、
「もう飽きたから目覚めたい」
って思っても、今度は私が『私の夢』から、あんたを出してやらないけどね」

ふふん、と、意地悪く鼻を鳴らして、まいさんが僕を押し倒した。
やわらかな肢体が絡みついて、僕のなかの情欲をあおる。

「───……さて、と」

まいさんから、いたずらな微笑みが向けられる。

「まずは、『イケナイ夢』の続きから、見る……?」

冗談まじりのささやきが、僕の唇に降りてきて。
感じる吐息が、甘くせつなく、僕の舌を溶かしていく。

───もうこれが、夢でも、現実でも、構わない。
側に、まいさんが、いてくれるのなら……。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

クリスマスに咲くバラ

篠原怜
恋愛
亜美は29歳。クリスマスを目前にしてファッションモデルの仕事を引退した。亜美には貴大という婚約者がいるのだが今のところ結婚はの予定はない。彼は実業家の御曹司で、年下だけど頼りになる人。だけど亜美には結婚に踏み切れない複雑な事情があって……。■2012年に著者のサイトで公開したものの再掲です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

処理中です...