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番外編『邯鄲(かんたん)の夢』
僕の終わらない夢【3】
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「お父さんもいないし……今夜は、まいさんを眠らせなくても、いいよね?」
耳もとでささやくと、一瞬ためらった気配がしたけれど、
「少しは寝かせてよ。
……明日、休みだけど、バレンタインの売場作りに行かなきゃいけないんだから」
なんて、色気のない返事をくれた。
……うん。
いつもの、憎らしいくらい愛しい僕のまいさんだ。
*****
厚いカーテンに覆われなかったわずかな隙間。レースのカーテンから射しこむ陽の光が、幸せそうな寝顔のまいさんを照らしていた。
───しなやかで優美な獣のような姿態も、僕の上で淫らに腰をくねらせていた悩ましげな表情も、嘘みたいに、脱ぎ捨てられて。
無邪気すぎる寝顔は、そのすべてが、僕の夢想であったかのように清麗だった。
光のまぶしさに、小さな声をもらして、まいさんが寝返りをうつ。
なよやかな肩のラインがあらわになって、僕の溜息を誘った。
───夢みたいに、幸せで。
夢のように、美しくて。
いつも、僕の胸にある想いは、この夢がいつまでも続いてくれたらと、願うことだった。
「……風邪ひいちゃうよ、まいさん」
そんな口実で、もう一度まいさんを抱き寄せて。
あたたかな体温を共有して。
僕は、ふたたび『夢のなかの夢』へと、潜りこむ。
*****
「ちょ、ちょ、ちょっと、大地っ……! 起きなさいよ、遅刻しちゃうわよ!?」
「ん~……大丈夫だよ、まいさん。僕、一時限目はサボりの予定だから……」
「何が大丈夫なのよっ。それ、全然大丈夫とは言わないでしょ! ってか、離しなさいよ、くっつき過ぎでしょ、コレ!」
「だってまいさん、あったかくてやわらかくて、気持ちいいし……」
僕の腕を、バシバシと遠慮なく叩きまくるまいさんの手に指を絡め、自由を奪う。
「だから、あと少し……僕に夢を見させてほしいな」
「……とっくに目ぇ覚めてるのに、なにアホなこと言ってんのよ。寝ぼけてないで早く支度するわよ?」
僕の腕のなかでもがきながら、まいさんがあきれたように息をつく。
ちょっと笑って、僕はまいさんの頬に唇を寄せた。
「……ね、『邯鄲の夢』って、知ってる?」
唐突すぎる質問は、思惑通り、まいさんの動きを止めさせた。
身体をひねって、僕を見返してくる。
「───朝っぱらから頭使わせないでくれる?
……なんだっけ……人生のはかないことの例え……だったっけ?」
難しそうに眉を寄せるまいさんが可愛いくて、とりあえず『おはようのチュー』をしてから、僕は「ほぼ正解」と微笑む。
「盧生っていう青年が、邯鄲の都で仙人から借りた栄華が思いのままになるっていう枕で、人生一代の栄華を極める、ものすごく長い夢を見るんだけど、目覚めたら粟を煮炊きするくらいの短い間だった───……っていう、中国の故事だよ」
「……相変わらず、無駄によく知ってるわね、あんた」
「あはは……。まぁ、昔話とか言い伝えとか、そういうの読むの好きだから自然と覚えてるだけだけど……。
でも、僕がこの話を思い返す時に感じるのはね。
例え現実で流れる時間が、どれだけ短かったとしても、その栄華を極めるっていう彼にとっての『一番の憧れ』を、夢のなかででも体験できたのならそれはそれで、幸せだったんじゃないのかってことなんだ。
……目覚めた時に、どれほど虚しい感覚を味わったとしても、ね」
目を伏せて、僕はつぶやく。
「その『夢』を抱えていれば、きっと、生きて行けるから」
口にしたあと、自分でも感傷的すぎたことに気づいて、まいさんに悟られないよう身体を起こそうとした。
そんな僕の片腕を、まいさんがつかむ。
「……じゃあ、あんたの『良い夢』が、長く続くように、私も協力してあげる」
僕は驚いて、まいさんを見返した。
我ながら意味不明なつぶやきで、何を言っているんだろうと、思ったのに。
「きっと……ものすごく長い夢すぎて、途中であんたが、
「もう飽きたから目覚めたい」
って思っても、今度は私が『私の夢』から、あんたを出してやらないけどね」
ふふん、と、意地悪く鼻を鳴らして、まいさんが僕を押し倒した。
やわらかな肢体が絡みついて、僕のなかの情欲を煽る。
「───……さて、と」
まいさんから、いたずらな微笑みが向けられる。
「まずは、『イケナイ夢』の続きから、見る……?」
冗談まじりのささやきが、僕の唇に降りてきて。
感じる吐息が、甘くせつなく、僕の舌を溶かしていく。
───もうこれが、夢でも、現実でも、構わない。
側に、まいさんが、いてくれるのなら……。
耳もとでささやくと、一瞬ためらった気配がしたけれど、
「少しは寝かせてよ。
……明日、休みだけど、バレンタインの売場作りに行かなきゃいけないんだから」
なんて、色気のない返事をくれた。
……うん。
いつもの、憎らしいくらい愛しい僕のまいさんだ。
*****
厚いカーテンに覆われなかったわずかな隙間。レースのカーテンから射しこむ陽の光が、幸せそうな寝顔のまいさんを照らしていた。
───しなやかで優美な獣のような姿態も、僕の上で淫らに腰をくねらせていた悩ましげな表情も、嘘みたいに、脱ぎ捨てられて。
無邪気すぎる寝顔は、そのすべてが、僕の夢想であったかのように清麗だった。
光のまぶしさに、小さな声をもらして、まいさんが寝返りをうつ。
なよやかな肩のラインがあらわになって、僕の溜息を誘った。
───夢みたいに、幸せで。
夢のように、美しくて。
いつも、僕の胸にある想いは、この夢がいつまでも続いてくれたらと、願うことだった。
「……風邪ひいちゃうよ、まいさん」
そんな口実で、もう一度まいさんを抱き寄せて。
あたたかな体温を共有して。
僕は、ふたたび『夢のなかの夢』へと、潜りこむ。
*****
「ちょ、ちょ、ちょっと、大地っ……! 起きなさいよ、遅刻しちゃうわよ!?」
「ん~……大丈夫だよ、まいさん。僕、一時限目はサボりの予定だから……」
「何が大丈夫なのよっ。それ、全然大丈夫とは言わないでしょ! ってか、離しなさいよ、くっつき過ぎでしょ、コレ!」
「だってまいさん、あったかくてやわらかくて、気持ちいいし……」
僕の腕を、バシバシと遠慮なく叩きまくるまいさんの手に指を絡め、自由を奪う。
「だから、あと少し……僕に夢を見させてほしいな」
「……とっくに目ぇ覚めてるのに、なにアホなこと言ってんのよ。寝ぼけてないで早く支度するわよ?」
僕の腕のなかでもがきながら、まいさんがあきれたように息をつく。
ちょっと笑って、僕はまいさんの頬に唇を寄せた。
「……ね、『邯鄲の夢』って、知ってる?」
唐突すぎる質問は、思惑通り、まいさんの動きを止めさせた。
身体をひねって、僕を見返してくる。
「───朝っぱらから頭使わせないでくれる?
……なんだっけ……人生のはかないことの例え……だったっけ?」
難しそうに眉を寄せるまいさんが可愛いくて、とりあえず『おはようのチュー』をしてから、僕は「ほぼ正解」と微笑む。
「盧生っていう青年が、邯鄲の都で仙人から借りた栄華が思いのままになるっていう枕で、人生一代の栄華を極める、ものすごく長い夢を見るんだけど、目覚めたら粟を煮炊きするくらいの短い間だった───……っていう、中国の故事だよ」
「……相変わらず、無駄によく知ってるわね、あんた」
「あはは……。まぁ、昔話とか言い伝えとか、そういうの読むの好きだから自然と覚えてるだけだけど……。
でも、僕がこの話を思い返す時に感じるのはね。
例え現実で流れる時間が、どれだけ短かったとしても、その栄華を極めるっていう彼にとっての『一番の憧れ』を、夢のなかででも体験できたのならそれはそれで、幸せだったんじゃないのかってことなんだ。
……目覚めた時に、どれほど虚しい感覚を味わったとしても、ね」
目を伏せて、僕はつぶやく。
「その『夢』を抱えていれば、きっと、生きて行けるから」
口にしたあと、自分でも感傷的すぎたことに気づいて、まいさんに悟られないよう身体を起こそうとした。
そんな僕の片腕を、まいさんがつかむ。
「……じゃあ、あんたの『良い夢』が、長く続くように、私も協力してあげる」
僕は驚いて、まいさんを見返した。
我ながら意味不明なつぶやきで、何を言っているんだろうと、思ったのに。
「きっと……ものすごく長い夢すぎて、途中であんたが、
「もう飽きたから目覚めたい」
って思っても、今度は私が『私の夢』から、あんたを出してやらないけどね」
ふふん、と、意地悪く鼻を鳴らして、まいさんが僕を押し倒した。
やわらかな肢体が絡みついて、僕のなかの情欲を煽る。
「───……さて、と」
まいさんから、いたずらな微笑みが向けられる。
「まずは、『イケナイ夢』の続きから、見る……?」
冗談まじりのささやきが、僕の唇に降りてきて。
感じる吐息が、甘くせつなく、僕の舌を溶かしていく。
───もうこれが、夢でも、現実でも、構わない。
側に、まいさんが、いてくれるのなら……。
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