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番外編『邯鄲(かんたん)の夢』
まいさんの『夜這(よば)い』【2】
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気まずいムードのなか除夜の鐘を聞き、年を越して。
まいさんのご機嫌は、相変わらずナナメ45度を向いたままだったけど。
ずっと言えずにいた胸のつかえを『去年』のうちにおろすことができた僕は、安心してベッドに横になることができていた。
そこへ、耳をすまさなければ聞こえないようなノックの音と、
「大地? まだ起きてるんでしょ? 入るからね?」
という、まいさんのひそひそ声がかかり、あわてて寝たふりをした。
僕のなかにあった気まずさは、まいさんの大人げない態度によってだいぶ緩和されていた。
だから、まいさんが予告通り部屋に来てくれたことに、いたずら心を起こしていた。
目を閉じて、静かに寝息を立てている風を装い、まいさんの気配にだけ、集中する。
ベッドに近寄ってきたらしいまいさんが、小声で言った。
「ちょっと。ホントに寝ちゃってたりするの……?
なによ。自分だけ、ちゃっかりスッキリした気分で、眠れてたりするわけ……?」
まいさんの独りごとは、どこまでも不愉快さを隠しきれてなくて。
僕は、まいさんへのいたずら心を変更して、なんとか機嫌を直してもらうほうへと考えを修正しようとした。
その、次の瞬間。
まいさんが、大きな溜息をついた。
「……じゃあ……もう本当に、悩みごとはなくなったのよね?」
ぽつり、と。こぼれ落ちたささやきは、僕の顔のすぐ側で聞こえた。
軽く沈む枕もとは、まいさんがひじをのせたのかもしれなかった。
「あんた……ここ何日か、元気なかったから……何かに思い悩んでるんだって、気になってたのよ。
……だから私……ずっと、待ってたのに。
あんたにとっての一番の理解者は、私なんだって、勝手に自負していたから……あんたが父さんに引っ付いてるのを見た時、半分本気で父さんに嫉妬したわよ、私」
自分の言葉に少し笑って、まいさんは僕の頬に触れた。
大切なものに触れるような、優しい手つき。
……僕のなかにあった気まずい思いが、よみがえってきた。
「でもね……あんたが、いまみたいに幸せそうな顔をしていられるのは、父さんのおかげなんでしょ?
……良かったね、大地。あんたには、これからたくさん、イイコトが待っているんだからね?
独りで抱えこまないで、父さんにでも私にでも、きちんと話しなさいね?」
「───……ありがとう、まいさん」
僕を想うあたたかな言葉の数々に、黙っているのが申し訳なくて口をひらく。
頬にあるまいさんの指先に手を伸ばして、まぶたを上げた。
薄明かりのなか、僕を見つめるあきれたような……それでいて、愛おしげな表情のまいさんと、ばっちりと目が合った。
「……やっぱり、起きていたのね?」
「うん。……ごめんね、心配かけて」
身体を起こして、まいさんと向き合う。
瞬時に、仏頂面へと変わったまいさんの空いた手が、僕の胸をトンと、軽く突き飛ばす。
「何が、ごめんね、よ。
……頼ってほしい時に、父さんのほうに行っちゃってさ。二人だけで、解決しちゃってて……私、すっかり蚊帳の外じゃない。
…………私がどれだけ悔しかったか、あんたに、解る?」
「うん……」
「『うん』じゃないでしょ? もうっ……ばかっ……」
甘えるような響きの声が、僕の胸の奥にあるものを、ぎゅっとつかまえる。
それは、とても幸せな束縛で。
僕は、僕の頬を優しくなでてくれた指先に、唇を寄せた。
「でもね……僕の『一番』は、ちゃんとまいさんだから。それだけは、解ってほしいな。
だって、お父さんは『お父さん一人』だけだけど……。
まいさんは、僕の『母親』で『お姉さん』で『恋する人』の三役も担ってるんだから。たまには、僕の『相手役』をお休みしたって、いいでしょう?」
僕の言葉に、まいさんはいまいましそうに、鼻を鳴らした。
「なによ、この屁理屈大魔王がっ。そんな言い訳に、私がだまされると思ったら、大間違いなんだからね!」
…………あれ。
やっぱり、いまだにご機嫌ナナメなんだ、まいさん。
「本当に私が一番だっていうのなら、証拠をみせなさいよ、証拠を」
僕は苦笑いした。
これは……今夜ひと晩かけて、まいさんの曲がりに曲がったおへその位置を元に戻してあげなければ、いけないのかもしれない。
つかんだままのまいさんの指先を引き寄せて、今度は手の甲にキスをした。
「……では、何をもって証としましょうか? 『まいみ姫』?」
微笑んで尋ね返す僕に、まいさんは、してやったり、と、いわんばかりの意地の悪い笑みを浮かべた。
……そんな小悪魔チックな微笑も僕を惑わすには十分で。
罠にかかったのが僕で、かけたのがまいさんなら、もうこのまま、好きなようにしてもらうしかない。
「じゃあ……後ろを向いて、ついでに、両手も後ろに回して」
気まずいムードのなか除夜の鐘を聞き、年を越して。
まいさんのご機嫌は、相変わらずナナメ45度を向いたままだったけど。
ずっと言えずにいた胸のつかえを『去年』のうちにおろすことができた僕は、安心してベッドに横になることができていた。
そこへ、耳をすまさなければ聞こえないようなノックの音と、
「大地? まだ起きてるんでしょ? 入るからね?」
という、まいさんのひそひそ声がかかり、あわてて寝たふりをした。
僕のなかにあった気まずさは、まいさんの大人げない態度によってだいぶ緩和されていた。
だから、まいさんが予告通り部屋に来てくれたことに、いたずら心を起こしていた。
目を閉じて、静かに寝息を立てている風を装い、まいさんの気配にだけ、集中する。
ベッドに近寄ってきたらしいまいさんが、小声で言った。
「ちょっと。ホントに寝ちゃってたりするの……?
なによ。自分だけ、ちゃっかりスッキリした気分で、眠れてたりするわけ……?」
まいさんの独りごとは、どこまでも不愉快さを隠しきれてなくて。
僕は、まいさんへのいたずら心を変更して、なんとか機嫌を直してもらうほうへと考えを修正しようとした。
その、次の瞬間。
まいさんが、大きな溜息をついた。
「……じゃあ……もう本当に、悩みごとはなくなったのよね?」
ぽつり、と。こぼれ落ちたささやきは、僕の顔のすぐ側で聞こえた。
軽く沈む枕もとは、まいさんがひじをのせたのかもしれなかった。
「あんた……ここ何日か、元気なかったから……何かに思い悩んでるんだって、気になってたのよ。
……だから私……ずっと、待ってたのに。
あんたにとっての一番の理解者は、私なんだって、勝手に自負していたから……あんたが父さんに引っ付いてるのを見た時、半分本気で父さんに嫉妬したわよ、私」
自分の言葉に少し笑って、まいさんは僕の頬に触れた。
大切なものに触れるような、優しい手つき。
……僕のなかにあった気まずい思いが、よみがえってきた。
「でもね……あんたが、いまみたいに幸せそうな顔をしていられるのは、父さんのおかげなんでしょ?
……良かったね、大地。あんたには、これからたくさん、イイコトが待っているんだからね?
独りで抱えこまないで、父さんにでも私にでも、きちんと話しなさいね?」
「───……ありがとう、まいさん」
僕を想うあたたかな言葉の数々に、黙っているのが申し訳なくて口をひらく。
頬にあるまいさんの指先に手を伸ばして、まぶたを上げた。
薄明かりのなか、僕を見つめるあきれたような……それでいて、愛おしげな表情のまいさんと、ばっちりと目が合った。
「……やっぱり、起きていたのね?」
「うん。……ごめんね、心配かけて」
身体を起こして、まいさんと向き合う。
瞬時に、仏頂面へと変わったまいさんの空いた手が、僕の胸をトンと、軽く突き飛ばす。
「何が、ごめんね、よ。
……頼ってほしい時に、父さんのほうに行っちゃってさ。二人だけで、解決しちゃってて……私、すっかり蚊帳の外じゃない。
…………私がどれだけ悔しかったか、あんたに、解る?」
「うん……」
「『うん』じゃないでしょ? もうっ……ばかっ……」
甘えるような響きの声が、僕の胸の奥にあるものを、ぎゅっとつかまえる。
それは、とても幸せな束縛で。
僕は、僕の頬を優しくなでてくれた指先に、唇を寄せた。
「でもね……僕の『一番』は、ちゃんとまいさんだから。それだけは、解ってほしいな。
だって、お父さんは『お父さん一人』だけだけど……。
まいさんは、僕の『母親』で『お姉さん』で『恋する人』の三役も担ってるんだから。たまには、僕の『相手役』をお休みしたって、いいでしょう?」
僕の言葉に、まいさんはいまいましそうに、鼻を鳴らした。
「なによ、この屁理屈大魔王がっ。そんな言い訳に、私がだまされると思ったら、大間違いなんだからね!」
…………あれ。
やっぱり、いまだにご機嫌ナナメなんだ、まいさん。
「本当に私が一番だっていうのなら、証拠をみせなさいよ、証拠を」
僕は苦笑いした。
これは……今夜ひと晩かけて、まいさんの曲がりに曲がったおへその位置を元に戻してあげなければ、いけないのかもしれない。
つかんだままのまいさんの指先を引き寄せて、今度は手の甲にキスをした。
「……では、何をもって証としましょうか? 『まいみ姫』?」
微笑んで尋ね返す僕に、まいさんは、してやったり、と、いわんばかりの意地の悪い笑みを浮かべた。
……そんな小悪魔チックな微笑も僕を惑わすには十分で。
罠にかかったのが僕で、かけたのがまいさんなら、もうこのまま、好きなようにしてもらうしかない。
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