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番外編『邯鄲(かんたん)の夢』
多香子さんの『お説教』【1】
しおりを挟む「はい、どうぞ。気をつけて、持って帰ってね」
ショートケーキが二個入るくらいの小さな箱を『小さなお客様』に合わせ、腰をかがめてまいさんが手渡す。
「ありがとう!」
元気よく言って、顔をほころばせながら、『いつかの僕』が現在の僕の横を通りすぎて行く。
小走りの後ろ姿を、僕と同様に苦笑いしながら見送っていたまいさんが、僕の存在に気づき表情をガラリと変えた。
他にお客さんの気配のないのを見届けて、僕のほうへ歩み寄ってくる──うさんくさいものでも見るように。
「ちょっと。あんた、なに見てんのよ?」
「───うわー、まいさんヒドイよ、いまの表情。
聖母マリア像が阿修羅像にすげ替えられたくらい、ヒドイよ」
「……それは確かに酷いわ」
片手で顔を覆ってガックリと肩を落としたまいさんに、冗談だよ、と、笑ってみせる。
「まいさんが、僕に見せてくれる顔は、全部僕の宝物だから。気にしないで、いろんな顔を見せて?」
「───もうっ! 私、仕事中だっていうのに、バカなこと言って……!」
照れ隠しのように僕の背中を叩くと、まいさんは赤くなった頬を手の甲でなでながら、お店のなかへと戻って行った。
「カレシくん、ちょっといい?」
まいさんの接客姿をひとめ見て満足した僕は、いつもの定位置であるセンターコートの片隅にあるベンチへ行こうとした。
けれどもその前に、お店の裏口の扉から多香子さんに呼び止められる。
多香子さんは、『シャル・エト』のパティシエールだ。
まいさんとすごく仲が良いみたいで、まいさんとの会話でも、よく出てくる女性だった。
「なんですか?」
半開きの扉から、小柄な身体を少しだけのぞかせ、僕を手招きする多香子さんに、近寄った。
「ね、今日も舞さんの帰り待ち、してるよね?」
「えぇ、まぁ」
「だよねだよね、カレシくん、舞さん公認のストーカーだもんね!」
「……はぁ」
面白そうに僕を見上げる多香子さんに、苦笑いしながら相づちをうつ。
「はい! じゃあ、そんなキミに、プレゼント!」
差し出されたのは、名刺大のカードケースに、数字の書かれた紙が入った物だった。
角に空いた小さな穴に、30センチほど輪になったヒモが、通されている。
……プレゼントって。コレ、なんだろう?
首を傾げながら受け取ったそれを見つめる僕に、多香子さんが言った。
「それ、業者さんとか来客用の館内パスなんだけど。
特別に、今日だけカレシくんに渡しとくから、閉店間際になったらお店に来てね」
「……ええっと、ごめんなさい、よく解らないんですが」
「あっ、順序立てて話さないと、イミ解んないか!
今日ね───」
多香子さんが言いかけた時、店のほうから、
「森下さん、お願いします」
との声が、聞こえてきた。
少し高めの声音は、まいさんの接客用の声だった。
クリスマスは終わっても、今度はお年賀で使われるギフト販売が忙しいらしい。
いつもは、まいさんが一人で店番している時間帯に、多香子さんがいるほどに。
「あっ、やばっ……。はいっ、ただいま、参りまーすっ!
……えーと、じゃっ、閉店近くなってからお店に来てくれれば、その時きちんと話すから。そのパス、なくさないでね!」
多香子さんは、あわただしく店の奥に消えて行った。
あっけにとられつつも、僕は多香子さんの言葉に、おとなしく従うことにした。
*****
『物販店の営業は、午後8時までとなっております』
というアナウンスとともに流れる寂しげな音楽を聴きながら、僕は『シャル・エト』の店先をのぞいた。
「お名前こちらで、お間違いないですか?」
と、デコレーションケーキにのったプレートをお客さんに見せている多香子さんがいた。
……まいさんの姿は、見当たらなかった。
最後のお客さんを見送り、僕の存在に気づいた多香子さんが、ふたたび手招きをする。
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