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番外編『邯鄲(かんたん)の夢』

まいさんとの『秘めごと』【1】

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「あそこのシュークリーム、まぢヤバイよね~ッ」

まいさんのお仕事がお休みの日は、とにかく早く家に帰ることだけを考える。

足早に昇降口へ向かう途中、階段の踊り場にいた女子の会話が、耳に飛びこんできた。

『シュークリーム』『ヤバイ』という単語に、一瞬、眉を寄せたものの、すぐにそれが「好意的表現」のほうなんだと気づき、止めかけた足を階段に下ろした。
……どうにも、苦手な表現だった。

「あっ、進藤しんどうくん! いま帰り~?」

当たり前のことを訊いてくる彼女は、確か同じクラスだったはずだ。
鼻にかかった甘ったるい話し方に聞き覚えがあった。

「ねぇねぇ、進藤くんも、『シャル・エト』のシュークリーム、好きだよね? 前に買ってるところ見かけたし」
「なにソレ、進藤ってスイーツ男子なのぉ?」
「……ごめん、急いでるから。じゃあ」

僕が好きなのは、シュークリームじゃなくて、まいさんなんだけど、と。
心のなかで訂正して、僕は彼女たちに背を向けた。

『シャル・エト』っていうのはまいさんが勤めている洋菓子店の名前で、正式には『シャルル・エトワール』という。

以前、まいさんが、
「めっちゃ横文字だけど、和菓子も扱ってるし、おまけに店名由来がよく解んないんだよね~」
と、言っていたけど、お店の紙袋や箱に描かれたデザイン文字はけっこう洒落ていて、僕は好きだった。

「あーっ! 進藤くん、待って待って~。
ね、終業式の日に、クラスの何人かでクリスマス会やる予定なんだけど、来ない?」
「───悪いけど、本当に急いでるんだ。あと、そういう皆で集まって何かするとか、興味ないから」

追いかけて来た彼女に、はっきりと断ると、踊り場に残されたもう一人の女子が、大きな声で言った。

「ほらな~、進藤は付き合い悪いの分かってるんだから、誘うだけ無駄だって」
「でもぉ……」

なおも言い募ろうとする彼女を尻目に、僕は階段を降りて行く。
……バスの時間ぎりぎりなのに、無駄な時間とられちゃったな、と、思いながら。


*****


玄関の扉を開けると、良い匂いがした。
……これは、オムレツかな?

ダイニングキッチンに直行して声をかける。

「ただいま」

フライパンから、黄色い楕円形の物をお皿にすべらせているまいさんが、僕に向かって微笑む。

「お帰り。ご飯すぐに食べる?」
「ううん、先に、まいさんが食べたい」
「────アホなこと言ってないで、うがい手洗いしてきなっ」
「……はぁい」

半分以上は本気の僕の冗談は、たいがい低い怒声ではねつけられる。
でも、返される言葉はきつくても僕をにらむまいさんの頬は、照れを含んで、わずかに赤い。

そんなまいさんの反応を見たくて、わざと怒らせるようなこと言ったりする僕を、まいさんは気づいているのかなぁ?

ささいな日常のささいな会話でさえ、僕がどれだけ幸せを感じているのか……まいさんは、解っているのかな?

「僕、まいさんのオムレツ好きだな。
具沢山だし……オイスターソース、使ってるよね?」

汚れた調理器具を洗うまいさんを囲うように、流し台の縁に両手を置き、後ろからのぞきこむ。

「使ってるわよ。
……ってか、邪魔してないで、先に食べてなさいよ」
「えー? 今日は、帰りのバス乗り遅れたから、まいさんとの時間、一時間損しているんだよ? 少しでも、取り戻させてよ」

そのまま、まいさんを背中から抱きしめる。

甘酸っぱい香りを深く呼吸しながら、首筋にキスをして、やわらかなふくらみに手を伸ばした───ところで、手の甲を、泡だらけの指につねられた。

「いたっ……。
ちょっとくらい、いいでしょう? まいさんに触らせてよ。じゃないと僕、『まいさん欠乏症』で死んじゃうよー」
「……あんたが死にそうなのは、お腹が減っているせいよ。早く食べないと、冷めちゃうじゃないの」

あきれたように僕を斜めに見上げてくるまいさんに、負けじと言い返す。

「じゃあ、せめてチューだけでもさせてよ。そしたらあきらめて、ご飯食べるから」
「……嫌よ。あんたのキスってヤラシすぎて、それだけで終わんないじゃない」

僕を上目遣いに見て、唇をとがらせるまいさんに、くすっと笑ってみせた。
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