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番外編『邯鄲(かんたん)の夢』

僕の日常【1】

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端末機の向こうから、あきれたような響きの声が、僕をいましめる。

「お前な……物事には限度ってもんがあるだろーが。そりゃいくらなんでも、行き過ぎだろ。
つか、そーゆーの、世間でなんて言われてるか、知ってるか?
ストーカーっつうんだぞ、嫌われる男の典型じゃねぇか。
やめろやめろ、いますぐ家に帰って、クソして寝ろ」
「……とおるさんには解らないよ、僕の気持ちなんて。
まいさんみたいな可愛い女性があんな暗い夜道を一人歩きするだなんて。
いままで何事もなかったことが、奇跡なんだからね?
きっと、まいさんの日頃の行いが良いから、神様が守ってくれていたんだよ。

でも、いまは、僕がいる。
僕が側で、まいさんを守ってあげられる。
それを実行して何がいけないのか……世間がどう言おうが、関係ないよ」
「───……あー……。
だから、これからもその『カミサマ』とやらが、オネーサン守ってくれるだろーよ。
心配すんな、お前は家で大人しく、オネーサンの帰りを待ってりゃいーんだよ」

……透さんは、意地でも僕を、家に帰らせたがっていた。
その真意が、僕にはさっぱり解らない。

僕がまいさんの仕事帰りのボディーガードをするのは、もう何ヵ月も前からの、当たり前の日常なのに。

面白くない気分で携帯電話を持ちかえる。
柱の陰から、『焼きたてシュークリーム』の店の方角を見やった。

僕のいるセンターコートの片隅から、小さなモミの木に、飾り付けを行っているまいさんの姿が、見える。
この時間帯、まいさんが一人で店番をしているのは、知っていた。

……本当は、お店の閉店作業を手伝いたいけど……。
一度さりげなく提言した僕を、まいさんはあっけなくそっけなく、断った。

「ダメ。あんたにやるバイト代なんて、ないから」
「えっ? お金なんて、いらないよ? そういうんじゃなくて、僕は単純に、ボランティア精神で……」
「仕事は遊びとは違うの。必要ない」

───僕のたいていの我がままは、
「仕方ないわねぇ……」
って、嫌々ながらも聞き入れてくれるのに。
まいさんは、こと仕事に関しては頑として譲らないところがある。

そういう『プロ意識』をもつまいさんは、素敵だと思うけど……やっぱり、なんだか寂しかったりもする。

なんていうか……たまには、そういう『ずる』も、必要なんじゃないかなって、思ったりもするし。

だけど、他の人が当たり前に『こズルく』生きているのを横目に、潔く格好よく生きているのが、まいさんって人だから。
そして僕は、そんなまいさんが大好きで。だからこそのジレンマだったりもするんだ。

「そんなことより、僕がこのあいだ頼んだ件、どうなったの?」

視界にまいさんを入れたまま、強引に話題を切り替える。
透さんは、大げさな溜息をついたあと、わりィな、と、低い声で謝った。

「オレにはよく解んねーんだけどさ。
卒業製作だかなんだかがあって、ソレの目処めどがついてからじゃねーと、作業に取り掛かれなさそうなんだと。
だから、早くて来年の二月下旬……遅いと、三月中旬になっちまいそうだって。
どうする? クリスマスなんて、到底ムリっぽいぜ?」

……あ、閉店間際のこの時間にギフトのお客さんだ。
うわ、これ、けっこう時間がかかるんじゃないかな。

中年女性がギフトコーナー側で何やら注文したのに対して、まいさんは笑顔で受け答えたあと開いた左手に右手の人差し指をつけてみせた───六箱ってことだよね。
どうせ来るなら、もっと早く来ればいいのに……!

「……遅いよ、まったく」
「だよな。じゃ、なかったことにするからな」

悪態めいた僕のつぶやきに、透さんが反応してきたのに気づいてあわてて否定する。

「違う違う、いまのは僕の独りごと。
指輪の件は……うん、解った。二月下旬から三月中旬までには、用意してもらえるんだよね? いいよ、それで」
「クリスマスプレゼントじゃなくて、いいのかよ?」

心底驚いたように、透さんが訊き返してくる。
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