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番外編『花月夜の誓い』──ユーヤ視点──
8.余興
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カザリンの花畑で待っていたエマに了承を取り、俺たちはふたたび城へ戻り、ジークの居室で祝杯をあげた。
儀式中の心境、幼い頃の思い出、共通の友人たちのこと……とりとめもなく話が転がっていく。
俺がほろ酔いになった頃、ジークが言った。
「オレさ」
テーブルの縁に組んだ両腕を押しつけ、幾分酔った口調で話しだす。
「この国を、もっと豊かにしたいんだ。隣国のディアルカだけじゃなくて、もっと他の国とも国交を広げたいんだ。
スメルムーンは、閉鎖的すぎる。このままじゃ、どんどん技術革新もできずに他国に遅れをとる。
そうならないためにも、交流を盛んにしたい」
「……そうだな」
相づちをうつ俺に、ジークの強い眼差しが向けられる。
「だから、お前にも、力になって欲しいんだ」
「ジーク……」
「は。こんな時に言うセリフじゃねーか」
ちょっと笑って肩をすくめ、グラスに残ったワインを呷る。
「ま、シラフの時に改めて話すよ」
俺も軽く笑ってうなずき返した。
───こんな時でも、ジークはこの国の行く末を考えている。
それが責務といえばそうかもしれないが、それを『当たり前』とできる者が、どれだけこの世にいるだろう?
保身のため、己の欲のため。
自分の身の回りの『小さな世界』のためにしか物事を考えられない人間に、政治は務まらない。
利己でなく利他に生きられる人間は、そう多くない。
スメルムーンの剣と同じで、ジークはこの国に無くてはならない存在なのだと、改めて実感する。
そう、こいつはなるべくして王の座に就いたんだ。
しみじみと思いながらも、そんなヤツにも少しは余興を楽しんでもらおうと、口をひらく。
「そろそろ……エマが来る頃だな」
「え?」
「ちょっと面白いシナリオがあるんだけど」
ニヤッと笑って見せれば、ジークの眉がひそめられた。
俺がそれを話すと、ジークは片手で額をおさえた。
「お前は……またそういうくだらないことを───」
言いかけて、破顔する。
「ま、今日くらいは、いっか」
酔いも手伝ってか、ジークはそんな自分と俺を許すことにしたようだ。
そうして俺たちは、エマの足音を聞き分けるために耳を澄ました。
「───来たぞ。じゃ、段取り間違えるなよ?」
ジークの耳に低くささやく。
「おうよ」
……こいつ、随分と酔ってるな。
苦笑しながらも、エマの足音が近づいてくるのを確認し、ジークに合図を送る。
ヒラヒラと、手を振って応えるジーク。
『……俺さ、ショックだったよ。もちろん、前々から分かっていたけどさ。お前たちのこと』
言いながら、ジークのグラスにワインを注ぐ。
『ずっと……気持ちは変えられなかった。だから本当は許せないんだ。二人が結婚するなんて』
そこで驚く、と、ささやくと、嫌そうにジークは横を向いた。
『ユーヤ……お前』
それでも一応、演技が入ってるってことは、悪ノリしている証拠だ。
『エマは……俺の気持ちに気づいてないだろうな』
『ああ』
低くうなって俺を見上げ、ジークは皮肉げに笑う。
『お前がまさか、オレのことをそこまで』
言って、バカバカしいといわんばかりに椅子に身を投げる。
『好きだったなんて、さ……』
急に笑いがこみあげてきた俺を見て、ジークが、
「やり始めたのはお前だろうが!」
という目でにらみを利かせてきたので、俺はなんとかそれを踏みとどまった。
『ジーク……結婚しても、俺のこと忘れないでくれよ』
『当たり前だろ。誰が忘れるものか。忘れたくても忘れられねーよ』
投げやりに言い放つジークの声を背中で聞きながら、俺は扉へ近づくとおもむろに開け放つ。
すると思惑通り、そこにはエマがいて、呆然とした面持ちで座りこんでいた。
「あ、やっぱりいたんだ」
笑いかける俺を見上げ、エマはビクッと後ろにのけぞる。
その様に、俺はこの芝居がうまくいったことを知った。
「やだな、エマ。本気にしたの?」
「ったく……誰が忘れられるんだ。人が一世一代の王位継承の儀式やった夜に、こんなくだらないことやらせるヤツのことなんかっ」
ジークが後ろで怒鳴る。
笑ってそれを受け流す俺を見て、一瞬にしてすべてを悟ったらしいエマが、立ち上がった。
儀式中の心境、幼い頃の思い出、共通の友人たちのこと……とりとめもなく話が転がっていく。
俺がほろ酔いになった頃、ジークが言った。
「オレさ」
テーブルの縁に組んだ両腕を押しつけ、幾分酔った口調で話しだす。
「この国を、もっと豊かにしたいんだ。隣国のディアルカだけじゃなくて、もっと他の国とも国交を広げたいんだ。
スメルムーンは、閉鎖的すぎる。このままじゃ、どんどん技術革新もできずに他国に遅れをとる。
そうならないためにも、交流を盛んにしたい」
「……そうだな」
相づちをうつ俺に、ジークの強い眼差しが向けられる。
「だから、お前にも、力になって欲しいんだ」
「ジーク……」
「は。こんな時に言うセリフじゃねーか」
ちょっと笑って肩をすくめ、グラスに残ったワインを呷る。
「ま、シラフの時に改めて話すよ」
俺も軽く笑ってうなずき返した。
───こんな時でも、ジークはこの国の行く末を考えている。
それが責務といえばそうかもしれないが、それを『当たり前』とできる者が、どれだけこの世にいるだろう?
保身のため、己の欲のため。
自分の身の回りの『小さな世界』のためにしか物事を考えられない人間に、政治は務まらない。
利己でなく利他に生きられる人間は、そう多くない。
スメルムーンの剣と同じで、ジークはこの国に無くてはならない存在なのだと、改めて実感する。
そう、こいつはなるべくして王の座に就いたんだ。
しみじみと思いながらも、そんなヤツにも少しは余興を楽しんでもらおうと、口をひらく。
「そろそろ……エマが来る頃だな」
「え?」
「ちょっと面白いシナリオがあるんだけど」
ニヤッと笑って見せれば、ジークの眉がひそめられた。
俺がそれを話すと、ジークは片手で額をおさえた。
「お前は……またそういうくだらないことを───」
言いかけて、破顔する。
「ま、今日くらいは、いっか」
酔いも手伝ってか、ジークはそんな自分と俺を許すことにしたようだ。
そうして俺たちは、エマの足音を聞き分けるために耳を澄ました。
「───来たぞ。じゃ、段取り間違えるなよ?」
ジークの耳に低くささやく。
「おうよ」
……こいつ、随分と酔ってるな。
苦笑しながらも、エマの足音が近づいてくるのを確認し、ジークに合図を送る。
ヒラヒラと、手を振って応えるジーク。
『……俺さ、ショックだったよ。もちろん、前々から分かっていたけどさ。お前たちのこと』
言いながら、ジークのグラスにワインを注ぐ。
『ずっと……気持ちは変えられなかった。だから本当は許せないんだ。二人が結婚するなんて』
そこで驚く、と、ささやくと、嫌そうにジークは横を向いた。
『ユーヤ……お前』
それでも一応、演技が入ってるってことは、悪ノリしている証拠だ。
『エマは……俺の気持ちに気づいてないだろうな』
『ああ』
低くうなって俺を見上げ、ジークは皮肉げに笑う。
『お前がまさか、オレのことをそこまで』
言って、バカバカしいといわんばかりに椅子に身を投げる。
『好きだったなんて、さ……』
急に笑いがこみあげてきた俺を見て、ジークが、
「やり始めたのはお前だろうが!」
という目でにらみを利かせてきたので、俺はなんとかそれを踏みとどまった。
『ジーク……結婚しても、俺のこと忘れないでくれよ』
『当たり前だろ。誰が忘れるものか。忘れたくても忘れられねーよ』
投げやりに言い放つジークの声を背中で聞きながら、俺は扉へ近づくとおもむろに開け放つ。
すると思惑通り、そこにはエマがいて、呆然とした面持ちで座りこんでいた。
「あ、やっぱりいたんだ」
笑いかける俺を見上げ、エマはビクッと後ろにのけぞる。
その様に、俺はこの芝居がうまくいったことを知った。
「やだな、エマ。本気にしたの?」
「ったく……誰が忘れられるんだ。人が一世一代の王位継承の儀式やった夜に、こんなくだらないことやらせるヤツのことなんかっ」
ジークが後ろで怒鳴る。
笑ってそれを受け流す俺を見て、一瞬にしてすべてを悟ったらしいエマが、立ち上がった。
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