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番外編『花月夜の誓い』──ユーヤ視点──
4.欲のない人
しおりを挟むボナセーラの丘を通り過ぎた時、上空でギャースの鳴き声がした。
緑色のゴツゴツした皮と額にあるルビー、二本の短い角と2メートルはある片翼。
足首にはめられた金の輪を見れば、カミューラがペットにしているゼランダルだと判った。
激しい羽ばたき音と共に低空飛行をしながら、俺の側へと降りてくる。
「ユーヤ」
その背にまたがっていたカミューラは、長い髪を散らしてゼランダルから下りた。
俺には解らない言語を発し、ゼランダルに向かい何やら告げる。
すると、ゼランダルは上空で一度だけ旋回したあと、トゥワイドの森の方へと飛んで行った。
「……カミューラ?」
何も言わず、ただジッと俺を見つめるだけの彼女を不思議に思い、呼びかける。
それでも黙ったままのカミューラに歩み寄れば、ふいに視線がそらされた。
「───ユーヤなんて、嫌いよ」
つぶやくように告げたあと、カミューラは斜めに俺を見上げてくる。
「どうして……?」
問いかける口調に含まれるのは、怒りだった。
「あんな試合をするなんて……!」
そこで俺は、やっと彼女の真意に気づく。
その訳を伝えようと口をひらきかけた時、カミューラが腕を伸ばして俺の剣闘着をつかみ、揺さぶった。
「手を抜いて試合して、そんな事してまでジークに勝たせたかったの?
そんなのって、おかしいわよ!」
俺は苦笑した。
「違うよ。俺はベストのジークとやりたかったんだ。
───大会に出たのは、そうでもしなきゃ義父に示しがつかなかったからで、特別あの大会で優勝したかったわけじゃないしね。
手を抜いたのは、優勝者は王位に就きたいジークの方がふさわしいと思ったからで、勝負は勝負として、またヤツが本調子の時にでも」
「違うわっ!」
たまりかねたように、カミューラが叫ぶ。
俺を見つめ、いまにも泣きだしそうな顔をした。
「どうしてそうなの……? なぜいつも、譲ってしまうの?
あなただって気づいているはずだわ。あなたが本気をだせば、誰もあなたを追い越すことができないってことを!」
「カミューラ、それは君の俺に対する過信だ。俺は───」
言いかけて、口をつぐむ。
目の前で、俺を見上げたカミューラの瞳から、はらはらと涙がこぼれ落ちたからだ。
「あなたは……欲のない人。
そして、何に対しても、本気になれない人なんだわ……」
「カミューラ」
華奢なその肩に触れようとした俺から離れるように、ふいに彼女が身を引いた。
俺に背を向け、歩き出す。
もう一度、その背中に呼びかけると、カミューラは肩ごしに俺を振り返った。
「しばらく……私の家に来ないでね。少し……ひとりで考えたいわ。
いまの私には、あなたが見えないから」
「……分かった」
うなずく俺に対し、カミューラはきゅっと唇を引き結ぶと、自分の家の方へと駆けて行った。
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