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番外編『花月夜の誓い』──ユーヤ視点──
2.ジークの口止め
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小さな悲鳴のように言葉をつむぎ、そこで彼女はふたたび俺を見上げた。
「遠いわ……」
「え?」
「あなたって、いつも遠い人よ。ここにいるのに、いないよう。
───こうして頬を寄せても、素通りしそうで……恐い」
つぶやく声は、思いつめた響きがあり、カミューラの心の不安定さを表してした。
幼い頃から、いわれなき差別や偏見を受けてきたせいか、気をつけてやらないと、暴走する感受性を持ち合わせた彼女。
「それは、君の思い過ごしだよ、カミューラ」
そっと、その背に腕をまわす。
「大丈夫。ずっと、ここに……君の側にいる」
「……本当に?」
返事の代わりに、俺はやんわりと彼女をつつみこむ───。
カミューラの家をあとにして、俺は夜道を楽しむように歩く。
夜は、好きだ。
開放的な気がして、自分にも、自由が与えられているようで。
その分、孤独を多く含んでいるけれど、それにももう慣れた。
月影を見つめながら、カミューラとの会話を思い返し、ひとりの男の名をつぶやく。
「───ジーク・ファースト」
幼なじみで、ライバルで。
互いに、一番の理解者である、あいつを。
最近は、なかなか会う機会もないが、どうしているだろう。
周りが必要以上にうるさいからな、お互い。
苦笑いが浮かび、頭上の月を見上げた。
当人たちは、それほど気にしてはいないんだけどね……。
家に帰ると義父は、おかんむりだった。
予想はしていただけに、俺は義父の説教を表面上においては聞く素振りを見せ、聞き流す。
けれど、ふいにだされた言葉に、嫌悪した。
「あんな……魔女の小娘にうつつを抜かしおって。いい笑い者だ。
由緒正しきダラス家の長子として、恥ずかしくないのか!?」
「───義父上」
低い声で、俺は切りだした。
「俺のことは、なんとでも貶してくださって結構です。事実ですから。
けれど」
真正面から義父をにらみつける。
「彼女のことを悪く言うのはやめてください。彼女は魔女なんかじゃありません。
ただの、普通の女の子です。
他者を貶めて息子のいたならさを責めるのは、やめてください。それこそ、家名に傷がつきます」
俺の眼差しに気圧されたように、義父は数秒押し黙ったが、じきにひらき直ったように言った。
「は……口だけは一人前だな。色気に誑かされ、骨抜きにされたか」
それを聞き、俺は胸のうちで溜息。
これじゃ、キリがないな。
「……そう思ってくださって、結構です」
静かに言い捨てて、俺は自分の部屋に戻った。
剣闘競技会の当日は、近年まれにみる快晴だった。
闘技場に近づくにつれ人々のざわめきが高まっていき、観客目当ての出店のにぎわいも、それに拍車をかけていた。
人混みをかきわけるように、闘技場の入り口を目指す俺の前方に、鳶色の美しい髪の少女が見えた。
「エマ?」
声をかけると、間違いなくエマ・スローンだった。
「ユーヤ……」
セルリアン・ブルーの瞳に、いつもはない翳りをにじませている。
心なしか、顔が青ざめて見えた。
「何か、あったのかな? ……ジークに」
「私、どうしたら───」
言いかけて、あわてたようにエマが口元を覆う。
動揺のあまり相談しかけたものの、してはいけない相手にうっかり口をすべらせてしまったような反応だった。
俺は、ぶつけた疑問が正しかったことを確信する。
エマをこんなふうにさせる原因は、あいつしかいない。
頭を切り替えて、もう一度、エマに問う。
「ジークに何かあったんだね? 俺に話して。力になるから」
エマは一瞬だけ救いを求めるように俺を見返してきたが、すぐにあきらめたように目を伏せた。
「だめよ……。ユーヤには、言えない。私、ジークから口止めされているの───特にユーヤには」
俺に……?
「じゃあ、俺にも関係あるんだね?」
そう言うと、エマは困ったようにうなずいた。
「直接じゃないけど……そうよ。
───ごめんなさい! これ以上は、言えないわ!」
エマは俺の側から逃げるように走り去って行った。
一度その背中に呼びかけはしたが、彼女は振り向きもせず、そのまま人混みの向こうに消えてしまった。
俺に関係あることで、でも直接じゃない、か……。
となると、今日の剣技会が怪しいな。
ちらり、と、闘技場の入り口を見やった。
とりあえず、行ってみるか。
「遠いわ……」
「え?」
「あなたって、いつも遠い人よ。ここにいるのに、いないよう。
───こうして頬を寄せても、素通りしそうで……恐い」
つぶやく声は、思いつめた響きがあり、カミューラの心の不安定さを表してした。
幼い頃から、いわれなき差別や偏見を受けてきたせいか、気をつけてやらないと、暴走する感受性を持ち合わせた彼女。
「それは、君の思い過ごしだよ、カミューラ」
そっと、その背に腕をまわす。
「大丈夫。ずっと、ここに……君の側にいる」
「……本当に?」
返事の代わりに、俺はやんわりと彼女をつつみこむ───。
カミューラの家をあとにして、俺は夜道を楽しむように歩く。
夜は、好きだ。
開放的な気がして、自分にも、自由が与えられているようで。
その分、孤独を多く含んでいるけれど、それにももう慣れた。
月影を見つめながら、カミューラとの会話を思い返し、ひとりの男の名をつぶやく。
「───ジーク・ファースト」
幼なじみで、ライバルで。
互いに、一番の理解者である、あいつを。
最近は、なかなか会う機会もないが、どうしているだろう。
周りが必要以上にうるさいからな、お互い。
苦笑いが浮かび、頭上の月を見上げた。
当人たちは、それほど気にしてはいないんだけどね……。
家に帰ると義父は、おかんむりだった。
予想はしていただけに、俺は義父の説教を表面上においては聞く素振りを見せ、聞き流す。
けれど、ふいにだされた言葉に、嫌悪した。
「あんな……魔女の小娘にうつつを抜かしおって。いい笑い者だ。
由緒正しきダラス家の長子として、恥ずかしくないのか!?」
「───義父上」
低い声で、俺は切りだした。
「俺のことは、なんとでも貶してくださって結構です。事実ですから。
けれど」
真正面から義父をにらみつける。
「彼女のことを悪く言うのはやめてください。彼女は魔女なんかじゃありません。
ただの、普通の女の子です。
他者を貶めて息子のいたならさを責めるのは、やめてください。それこそ、家名に傷がつきます」
俺の眼差しに気圧されたように、義父は数秒押し黙ったが、じきにひらき直ったように言った。
「は……口だけは一人前だな。色気に誑かされ、骨抜きにされたか」
それを聞き、俺は胸のうちで溜息。
これじゃ、キリがないな。
「……そう思ってくださって、結構です」
静かに言い捨てて、俺は自分の部屋に戻った。
剣闘競技会の当日は、近年まれにみる快晴だった。
闘技場に近づくにつれ人々のざわめきが高まっていき、観客目当ての出店のにぎわいも、それに拍車をかけていた。
人混みをかきわけるように、闘技場の入り口を目指す俺の前方に、鳶色の美しい髪の少女が見えた。
「エマ?」
声をかけると、間違いなくエマ・スローンだった。
「ユーヤ……」
セルリアン・ブルーの瞳に、いつもはない翳りをにじませている。
心なしか、顔が青ざめて見えた。
「何か、あったのかな? ……ジークに」
「私、どうしたら───」
言いかけて、あわてたようにエマが口元を覆う。
動揺のあまり相談しかけたものの、してはいけない相手にうっかり口をすべらせてしまったような反応だった。
俺は、ぶつけた疑問が正しかったことを確信する。
エマをこんなふうにさせる原因は、あいつしかいない。
頭を切り替えて、もう一度、エマに問う。
「ジークに何かあったんだね? 俺に話して。力になるから」
エマは一瞬だけ救いを求めるように俺を見返してきたが、すぐにあきらめたように目を伏せた。
「だめよ……。ユーヤには、言えない。私、ジークから口止めされているの───特にユーヤには」
俺に……?
「じゃあ、俺にも関係あるんだね?」
そう言うと、エマは困ったようにうなずいた。
「直接じゃないけど……そうよ。
───ごめんなさい! これ以上は、言えないわ!」
エマは俺の側から逃げるように走り去って行った。
一度その背中に呼びかけはしたが、彼女は振り向きもせず、そのまま人混みの向こうに消えてしまった。
俺に関係あることで、でも直接じゃない、か……。
となると、今日の剣技会が怪しいな。
ちらり、と、闘技場の入り口を見やった。
とりあえず、行ってみるか。
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