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番外編『夜光華の回想』──エマ視点──
5.止められない現実
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ジークのおぼつかない足取りに、身がちぎれそうな思いで彼のあとを追い、城を出る。
途中、出会った衛士には、酔いざましに風に当たると、ごまかしていた。
私に告げた通り、ジークはユーヤを信じ、彼に疑いが向かないように、したかったのだろう。
けれども。
カザリンの花畑の中程までやって来た時に、ジークの意固地なほどの我慢が、限界に至った。
「ジークっ!?」
「……ここなら、いいかな」
ほとんど転ぶように腰かけたジークの隣に、私はひざまずいた。
夜風が、悲しくなるような優しさで、頬をなでていく。
ジークは、急に笑いだした。
「……なんだ、これ。驚きだよ、エマ。ルーナ・アイが、すげー綺麗な花に、見える」
懐かしそうに、ジークの目が細められた。
「オレさ、小さい頃、母さんがこの場所をつくったって聞いて、くだらないと思った。
花なんか植えるくらいなら、闘技場つくってくれたら良かったのにって、言ったんだ。
でも母さんはそんなオレに笑いながら、闘技場よりもこういう場所をつくったほうがいいんだって言って……。
つい最近まで価値観の違いだって、気にも留めなかった。
だけど今は───母さんの言葉が、少しだけ解るんだ。
……小さい頃の、自分の言葉が、痛いよ」
耳に残るような響きの声で、ジークが言う。
……ううん、残るような、じゃなくて。残らせたいんだ、私は、きっと。
もうじき、二度と彼の声を聞けなくなってしまう時が、来るはずだから───。
「ねぇ、ジーク。
私ね、ルーナ・アイでブーケを作ろうと思っているのよ」
「げ。普通この花でなんか、作らないだろ。
そもそもブーケに出来る花なのか?」
「いいの! 私は人がやらないことをするのが、好きなんだから」
「あっそ。なら、好きにしろ。笑われたって知らないからな」
「ひどっ。それが、花嫁に対していう言葉……───」
強く言いきるはずのところで、不覚にも涙がこぼれた。
来るはずのない、ふたりの未来に、現実が割り込む。
いやだ。
まだ、夢を見ていたいのに。
ここで終わりになんて、したくないのに。
涙は、ひとつぶ流れ落ちたら、もう止めることができなかった。
あとからあとから、とどまることをしらずに、あふれていく。
「エマ……」
ジークのやるせない表情が、浮かぶ涙にゆがんで消え、まばたきと共に、また視界に映る。
「止められない現実」なら、せめて旅立つ彼の重荷にならない見送りを、したかったのに。
泣かずに、困らせずに、ただ最期の瞬間を一緒に迎える───それが、最良だと。
分かって、いるのに……。
その時、ジークの頬が傾いて、そして彼のひんやりとした唇が、私の唇に押しあてられた。
……冷たい。
今まで彼が私に触れた、どんな時よりも、冷たく感じる体温。
それは、彼の死期が、近いことを物語っていた。
息が止まりそうになって、その事実に、私の涙も凍りつくように止まった。
「───ごめんな」
照れたように優しくなるジークの目もと。
……この笑みにも、もう会えない。
「幸せに、してやれなくて。
……ひどい話だよな。お前の縁談、ぶち壊しておいて」
まっすぐに私を見つめる、漆黒の瞳。胸に響く、その声。
───悲壮感にとらわれてばかりいては、だめだ。
忘れないでいよう。
この人が、私を見守ってくれた眼差しを。
照れて優しくなる頬を。
意地悪な言葉に含まれた、あたたかさを。
───私の愛した彼のすべてが、想い出になってしまっても。
忘れずに、いよう……。
「本当に、ごめん」
もう一度、ジークが言った。
ゆっくりと、私は首を振ってみせる。
「……ありがとう、ジーク」
「なんだよ、それ」
苦笑いで応えたジークが、思いだしたように声をあげる。
「あぁ、そうだ」
パチン、と、指を鳴らす。
すると、素晴らしく見事な装飾のされた、鞘に収まった剣が、現れた。
「これ……!」
途中、出会った衛士には、酔いざましに風に当たると、ごまかしていた。
私に告げた通り、ジークはユーヤを信じ、彼に疑いが向かないように、したかったのだろう。
けれども。
カザリンの花畑の中程までやって来た時に、ジークの意固地なほどの我慢が、限界に至った。
「ジークっ!?」
「……ここなら、いいかな」
ほとんど転ぶように腰かけたジークの隣に、私はひざまずいた。
夜風が、悲しくなるような優しさで、頬をなでていく。
ジークは、急に笑いだした。
「……なんだ、これ。驚きだよ、エマ。ルーナ・アイが、すげー綺麗な花に、見える」
懐かしそうに、ジークの目が細められた。
「オレさ、小さい頃、母さんがこの場所をつくったって聞いて、くだらないと思った。
花なんか植えるくらいなら、闘技場つくってくれたら良かったのにって、言ったんだ。
でも母さんはそんなオレに笑いながら、闘技場よりもこういう場所をつくったほうがいいんだって言って……。
つい最近まで価値観の違いだって、気にも留めなかった。
だけど今は───母さんの言葉が、少しだけ解るんだ。
……小さい頃の、自分の言葉が、痛いよ」
耳に残るような響きの声で、ジークが言う。
……ううん、残るような、じゃなくて。残らせたいんだ、私は、きっと。
もうじき、二度と彼の声を聞けなくなってしまう時が、来るはずだから───。
「ねぇ、ジーク。
私ね、ルーナ・アイでブーケを作ろうと思っているのよ」
「げ。普通この花でなんか、作らないだろ。
そもそもブーケに出来る花なのか?」
「いいの! 私は人がやらないことをするのが、好きなんだから」
「あっそ。なら、好きにしろ。笑われたって知らないからな」
「ひどっ。それが、花嫁に対していう言葉……───」
強く言いきるはずのところで、不覚にも涙がこぼれた。
来るはずのない、ふたりの未来に、現実が割り込む。
いやだ。
まだ、夢を見ていたいのに。
ここで終わりになんて、したくないのに。
涙は、ひとつぶ流れ落ちたら、もう止めることができなかった。
あとからあとから、とどまることをしらずに、あふれていく。
「エマ……」
ジークのやるせない表情が、浮かぶ涙にゆがんで消え、まばたきと共に、また視界に映る。
「止められない現実」なら、せめて旅立つ彼の重荷にならない見送りを、したかったのに。
泣かずに、困らせずに、ただ最期の瞬間を一緒に迎える───それが、最良だと。
分かって、いるのに……。
その時、ジークの頬が傾いて、そして彼のひんやりとした唇が、私の唇に押しあてられた。
……冷たい。
今まで彼が私に触れた、どんな時よりも、冷たく感じる体温。
それは、彼の死期が、近いことを物語っていた。
息が止まりそうになって、その事実に、私の涙も凍りつくように止まった。
「───ごめんな」
照れたように優しくなるジークの目もと。
……この笑みにも、もう会えない。
「幸せに、してやれなくて。
……ひどい話だよな。お前の縁談、ぶち壊しておいて」
まっすぐに私を見つめる、漆黒の瞳。胸に響く、その声。
───悲壮感にとらわれてばかりいては、だめだ。
忘れないでいよう。
この人が、私を見守ってくれた眼差しを。
照れて優しくなる頬を。
意地悪な言葉に含まれた、あたたかさを。
───私の愛した彼のすべてが、想い出になってしまっても。
忘れずに、いよう……。
「本当に、ごめん」
もう一度、ジークが言った。
ゆっくりと、私は首を振ってみせる。
「……ありがとう、ジーク」
「なんだよ、それ」
苦笑いで応えたジークが、思いだしたように声をあげる。
「あぁ、そうだ」
パチン、と、指を鳴らす。
すると、素晴らしく見事な装飾のされた、鞘に収まった剣が、現れた。
「これ……!」
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