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番外編『夜光華の回想』──エマ視点──
4.悪夢の始まり
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「……ワインに……何か、入ってる……」
「えっ?」
倒れかけた彼に肩を貸しつつ、ユーヤを振り返った。
一瞬、また二人が、私をからかう芝居を始めたのかと思った。
だから、顔の筋肉がおかしな具合に動いて、ひきつった笑いが浮かんでいた。
「ユーヤ。また……私を、からかっているの……?」
けれどもユーヤは動きを止めたまま、無表情に私たちを見つめていた。
そんな彼の様子に、ある種の不安を覚えて、身体が自然と震えた。
ゆっくりと私たちから視線をそらし、グラスをテーブルに置く。
無駄のないユーヤの動きに、私のなかの不安が一段とかきたてられた。
「このワイン……ユーヤが、持ってきたの?」
「……そうだよ」
「何か、入ってるって……」
「たぶん、スラントの毒だろ」
抑揚のない口調で、ユーヤが応える。
私は信じられない思いで、ユーヤの瞳のなかから、彼の殺意を探そうとした。
でも、ブルーグレイの瞳からは、なんの意思をも感じられなくて……自分ののどが、カラカラに渇いていくのが分かった。
そんなっ……。
ユーヤはジークを、殺すつもりで、ここに来たの……?
「ねぇっ……」
なんとか出た声は、すっとんきょうな叫びになった。
ユーヤが、静かに私を見返した。
「違う、わよね……?
ワインに毒を入れて……ジークを殺す、だなんて……。ユーヤは、そんなこと……しない、わよね……!?」
ジークの荒い息をよそに、もつれてしまう自身の舌をもどかしく思いながら、ユーヤに懸命に訴えた。
ユーヤは、わずかに目を細めた。
それから、大きく息を吸い、低い声で、こう言った。
「ごめん……」
───それは、悪夢の始まりだった……。
呼吸の荒さは、なくなっていた。
スラントの毒は始めにしびれをきたし、それから呼吸困難に陥らせ、最後にどんどんと体温が下がっていき、死を迎える。
それらの症状が、早くも遅くもなり、誰にもそれは止められないとされている。
───ジーク……。
私は彼を後ろから抱きしめるように、上半身を支えていた。
呼吸は落ち着いてきたものの、その額には脂汗がにじんでいた。
ユーヤの消えたあと、私はしばらく放心状態に陥り、自分の居場所が分からなくなってしまった。
けれども、これは現実なんだという声が頭の奥のほうで、私の意識を呼び戻させた。
「───エマ……」
小さな呼びかけに、思わず泣きだしそうになるのをこらえながら、ジークを見た。
「……なに?」
「今しか言えないと思うから、言うよ」
気のせいか、ジークは平静を取り戻したようだった。
だけどそれは本当に気のせいで、これは紛れもなくスラントの毒に犯されている末期症状だ。
「ユーヤは、オレに殺意を抱いてなかった。これだけは分かる」
私は乱暴に首を振った。
「でもユーヤは、否定しなかったわ!」
「違う」
私の言葉尻をおさえるように、ジークが言った。
「否定しなかったんじゃない……できなかったんだ」
「どうして?」
「分からない。でも、あいつは、そんな奴じゃない」
息をつく。
「苦しいの?」
「いや」
私を安心させるかのように、笑う。
「いまは、平気だ」
───平気じゃないわ。平気じゃないでしょう!?
叫びだしたい衝動にかられ、思わず唇をかんだ。
……涙が、どこかに消え去ることを祈って。
「城を、出ようか。
……ここでは死ねない。昔からそうされているしな」
言って、ジークは立ち上がり、壁づたいに歩きだす。
肩を貸そうとする私を、やんわりと退けて。
私は、スメルムーンという国の非情さをうらんだ。
城主は元より、城内での生死は一切を禁じられている。
生まれる時も死ぬ時もどこでどうなろうと勝手だが、城内だけは汚すなとされているのだ。
「えっ?」
倒れかけた彼に肩を貸しつつ、ユーヤを振り返った。
一瞬、また二人が、私をからかう芝居を始めたのかと思った。
だから、顔の筋肉がおかしな具合に動いて、ひきつった笑いが浮かんでいた。
「ユーヤ。また……私を、からかっているの……?」
けれどもユーヤは動きを止めたまま、無表情に私たちを見つめていた。
そんな彼の様子に、ある種の不安を覚えて、身体が自然と震えた。
ゆっくりと私たちから視線をそらし、グラスをテーブルに置く。
無駄のないユーヤの動きに、私のなかの不安が一段とかきたてられた。
「このワイン……ユーヤが、持ってきたの?」
「……そうだよ」
「何か、入ってるって……」
「たぶん、スラントの毒だろ」
抑揚のない口調で、ユーヤが応える。
私は信じられない思いで、ユーヤの瞳のなかから、彼の殺意を探そうとした。
でも、ブルーグレイの瞳からは、なんの意思をも感じられなくて……自分ののどが、カラカラに渇いていくのが分かった。
そんなっ……。
ユーヤはジークを、殺すつもりで、ここに来たの……?
「ねぇっ……」
なんとか出た声は、すっとんきょうな叫びになった。
ユーヤが、静かに私を見返した。
「違う、わよね……?
ワインに毒を入れて……ジークを殺す、だなんて……。ユーヤは、そんなこと……しない、わよね……!?」
ジークの荒い息をよそに、もつれてしまう自身の舌をもどかしく思いながら、ユーヤに懸命に訴えた。
ユーヤは、わずかに目を細めた。
それから、大きく息を吸い、低い声で、こう言った。
「ごめん……」
───それは、悪夢の始まりだった……。
呼吸の荒さは、なくなっていた。
スラントの毒は始めにしびれをきたし、それから呼吸困難に陥らせ、最後にどんどんと体温が下がっていき、死を迎える。
それらの症状が、早くも遅くもなり、誰にもそれは止められないとされている。
───ジーク……。
私は彼を後ろから抱きしめるように、上半身を支えていた。
呼吸は落ち着いてきたものの、その額には脂汗がにじんでいた。
ユーヤの消えたあと、私はしばらく放心状態に陥り、自分の居場所が分からなくなってしまった。
けれども、これは現実なんだという声が頭の奥のほうで、私の意識を呼び戻させた。
「───エマ……」
小さな呼びかけに、思わず泣きだしそうになるのをこらえながら、ジークを見た。
「……なに?」
「今しか言えないと思うから、言うよ」
気のせいか、ジークは平静を取り戻したようだった。
だけどそれは本当に気のせいで、これは紛れもなくスラントの毒に犯されている末期症状だ。
「ユーヤは、オレに殺意を抱いてなかった。これだけは分かる」
私は乱暴に首を振った。
「でもユーヤは、否定しなかったわ!」
「違う」
私の言葉尻をおさえるように、ジークが言った。
「否定しなかったんじゃない……できなかったんだ」
「どうして?」
「分からない。でも、あいつは、そんな奴じゃない」
息をつく。
「苦しいの?」
「いや」
私を安心させるかのように、笑う。
「いまは、平気だ」
───平気じゃないわ。平気じゃないでしょう!?
叫びだしたい衝動にかられ、思わず唇をかんだ。
……涙が、どこかに消え去ることを祈って。
「城を、出ようか。
……ここでは死ねない。昔からそうされているしな」
言って、ジークは立ち上がり、壁づたいに歩きだす。
肩を貸そうとする私を、やんわりと退けて。
私は、スメルムーンという国の非情さをうらんだ。
城主は元より、城内での生死は一切を禁じられている。
生まれる時も死ぬ時もどこでどうなろうと勝手だが、城内だけは汚すなとされているのだ。
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