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第三章 奪われた未来
1.あやしげな液体
しおりを挟むそうして、エマのあとを追うように歩いて行き着いた先は、赤レンガ造りのやや小さめの簡素な家の前だった。
「奴の名は、ギルバート・スミス。剣の腕はまあまあだが、ちょっと変わった力をもっている。
ギル、いるか? エマ・スローンだ。開けてくれ」
扉を叩き、エマが言った。
オレとエマが数十秒立ち尽くしていると、ややして、キィッと扉が音を立てて開いた。
なかから、目の覚めるような金髪をもった、オレといくらも変わらない年頃の、空色の瞳の男が現れた。
こいつ、女ってことはないよな。ちらりとエマを見やる。
エマの時は、すっかりだまされたし。
もしかするとスメルムーンって、男女の外見が、オレの認識と違うのかもしれないし……。
そんなことを思い描くオレの前で、そいつは人懐こい笑みを浮かべた。
「エマ……久しぶりだね。どこかに行ってたのかい?」
「ああ。まぁな」
おざなりにエマがあいさつを返す。ギルバートは、オレに視線を移した。
「えっと……彼は? 見かけない服装だね、どこの国の人かな?」
めずらしそうに上から下までオレを見たあと、エマを見る。
「《こちらの世界》の人間ではないからな。
……ティアを追って行った異世界から、連れてきた。
名前はアサクラ・ヨタローだ。
アサクラ、さっき話したギルバートだ」
エマの紹介に、オレは、かなり泣きたい気分になった。親父のせいで、オレの名前、エマにバレちゃったんだよなぁ。
ギルバートは驚きを隠せないように目を見開き、もう一度オレをまじまじと見つめたが、ふと、何かに気づいたように、オレに片手を差し出した。
「ギルって呼んでくれて構わないよ。よろしく、ヨタロー」
わーっ、その呼び方はやめろっ。
オレは、自分でも分かるほど、真っ赤になって叫んだ。
「あっ、朝倉でいい! 朝倉で!」
「え? どうしてだい? いい名前じゃないか」
オレの動揺がまったく理解できないというように、首を傾げる。
あー、ったく……。
この感覚の違いが、異なる世界に住む人間とのズレって奴なのか?
隣でエマが苦笑した。
「ギル、アサクラと呼んでやってくれ。
こいつは自分の名前に、非常にコンプレックスをもっているらしいのだ」
「そうなのか……。ん、分かったよ。
じゃ、エマ、アサクラ。何か大事な用があるみたいだし、なかへ入って話さないか?」
トン、と、透明なグラスが目の前の木製テーブルに置かれた。
う、なんだろ、コレ……。
グラスのなかに入っているエメラルド色の液体を、いぶかしく思っていると、ギルが笑った。
「おいしいから、飲んでみてくれよ。毒じゃないから」
隣のエマを窺うと、彼女は無造作にグラスをあおっていた。
見たところ、ただの液体だし……でも、この色は、ちょっとあやしげだな。
ほんの少し警戒しながら、一応、形だけ手を伸ばした。
「さてと。エマ、君の用件を聞こうか」
テーブルの上で指を組み、ギルが瞳だけをエマに向けた。それを受けて、エマの表情が引き締まった。
「外でもない。ギル、貴様の力を借りたい」
するとギルは、何かを思うように視線をテーブルに落とし、それからエマを見た。
「───目的は?」
「話すと長くなるが、良いか?」
「もちろん」
間、髪を入れずに、ギルがうなずく。
エマが今までの経過を話し、ユーヤの所へ行きたいが、オレたち二人でのりこむには危険なので、力を貸して欲しいと付け加えた。
ギルは黙って話を聞いていたが、エマが話し終えると、空色の瞳を悲しげに瞬かせた。
「それが、本当に目的なのかい?」
「え?」
ギルの真意が解らず、オレは訊き返した。
「本当に、ティアって子を連れ戻すだけでいいのかな。それなら僕は、喜んで君たちに力を貸すよ。
でも……でもエマ、君は」
軽く目を伏せる。
「いまだに、ユーヤを憎んでいるね……」
えっ!? ユーヤを憎んでいるって、なんだよ、それ……。
エマは、ユーヤと何かあったのか……?
「そうだ。だから、どうしたと言うのだ」
心の底から冷たくなるようなエマの声に、オレとギルは口をつぐんだ。
三人の間に、重たい空気が流れる。
窓の外では風が強いのか、時折、木の葉が舞っては、窓ガラスを叩いていく。
エマ……。
突然エマが、テーブルを拳で強く叩きつけた。
「だからっ……どうしたと言うのだっ……!?」
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