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第二章 異世界への扉
3.ティアと散歩
しおりを挟む「あ、お帰りなさい」
笑って、ティアが出迎えてくれる。
「随分と、今日は早いな」
エマが眉を上げて、オレを見てくる。
机の上に鞄を放り投げて言った。
「部活が、なかったんだ」
ついでに、ベッドに身を投げた。
眠い……なぁ。晩飯作るには、まだ時間早いし、少し寝ようかな。
……あ、数学の課題が出てたんだっけ……。
ぐしゃぐしゃと、寝転がりながら髪をまぜていると、ティアがベッドに近寄ってきた。
「アサクラ……散歩に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」
とたん、眠気が吹っ飛んだ。
ティアが、自分から外に出たがるなんて……。
素早くエマに同意を求めると、彼女は苦笑して、行って来いというように、あごをしゃくった。
「ん……いいよ。どこか行きたい所ある?」
ティアは特別に行きたい所はなかったらしい。
オレは、猫になったティアにデイパックに入ってもらい、近場にある夢見ヶ丘公園まで自転車で連れて行った。
高台にあるその公園は、そこに至るまでの階段が長いせいか、人の訪れが極端に少なかった。
ティアの髪と瞳は、どうしたって目立つし。そこでなら、ティアも人の姿をしていられるかと思ったからだ。
予想通り公園に人影はなく、くたびれたブランコが時折吹く風に、キィキィと音を立てていた。
「ここなら、大丈夫だろ。……窮屈じゃなかった?」
片隅のペンキの剥げかけた緑色のベンチに、ティアを下ろす。
「平気」
彼女は答えながら、ヒト型に変わった。
そのままベンチに腰かけると、指を上げ明るい声で、「星よ」と言った。
見ると、人工的に植えられた木々の切れ間の向こう、紫まじりのオレンジ色の空のなか、小さく輝く星が目に入る。
一番星だ。
気のせいか、空気が少しだけ、寒くなったみたいだ。
地面に、視線を落とした。足もとにあった空き缶を、十メートルくらい先にあるゴミ箱に向け、蹴ってみた。
カコーン、と、軽い音を立て、缶が飛んでいく。
が、思惑とは裏腹に、ゴミ箱のへりにぶつかり、ふたたび地面の上へと落ちた。
オレは舌打ちした。
「───下手くそ」
聞こえた声に、ティアを振り返った。
……明らかに、男の声だったにもかかわらず。
当然ながら彼女は、オレのほうを見て、きょとんとした目を返した。
「どうしたの?」
風に乱れた白金髪を片手で押さえ、尋ねてきたティアに、首を振ってみせた。
「あ……ごめん。なんでも、ないんだ」
ゴミ箱へ歩み寄り、入らなかった缶を拾って、捨てる。
───幻聴か。
まいったな……相当おかしいわ、オレ。
溜息をつく。
───直哉の声が、聞こえたような気がしたんだ。
幻聴以外の、何物でもないよな。
ザザッと、強い風が公園を通り抜けて行く。
薄暗くなってきた空を見上げた。
二週間、か……。
◆ ◆ ◆
その日、オレは直哉とクラスメイトの岩下美咲と三人で、プロ野球のデイゲームを観に行った。
直哉と野球観戦に行くのは珍しいことではなかった。
オレ達は、所属するサッカー部のたまの休みを見つけては、そうして球場に足を運んでいた。
けれどもその日は、勝手が違っていた。
美咲が、いたからだ。
美咲は、オレが高校に入ってからの友人で、家庭科部に入っていることから、オレと料理の話などで気が合っていた。
気取らずサバサバした性格の美咲は、同性感覚で付き合いやすく、オレは好きだった。もちろん、友達として。
だから、美咲から自分のことを直哉に紹介して欲しいって言われた時も、ふたつ返事で承諾した。
美咲が、どういう経緯で直哉を気に入ったのかは知らなかった。けど、いい傾向だと思ったんだ、直哉にとっては。
なぜなら直哉は、しばらく前に、悲恋を経験していたから。それは本当に、『悲恋』としかいいようがなかった。
相手は、すでに死んでいて。しかも、直哉が彼女と会っていた時は、もうこの世の人ではなかった。
直哉は、その子を好きになった。
幽霊とは知らずに……。
その事実を知った時には、もう二度と、彼女は直哉の前に、現れなくなっていた。
───生前に、直哉に宛てた一通の手紙を残して。
オレは、それ以上の詳しい経過を、知らない。
二人の恋物語が、どんなものだったのかも、知らない。
でもオレは、直哉がずっと、その子への想いを引きずっていては、いけないと思った。直哉に、歩きだしてもらいたかった。
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