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第一章 真夜中の訪問者
9.美少年じゃなくて
しおりを挟む部屋に戻ると、先になかに入っていたエマ達が、ヒト型で中央に腰かけていた。
エマはオレを見るなり言った。
「情けない奴だな。女の色香に惑わされるなど、修行が足りぬ証拠だ」
それでオレは、思わず横を向いて、べ、と舌を出した。
情けなくて結構だよ。オレは自分に正直なだけだい。
「しかし……本当に良かった、大した暗示でなくて。
これが水一杯で済んだから良かったものの、何かのキーワードの必要な暗示であったら、カミューラのほうも、ああもあっさり引きあげはしなかっただろうな。
アサクラ、おれに感謝しろよ」
「そーだな、そーだな」
エマって意外と押しつけがましいヤツだな。
「でも本当よ、アサクラ」
横からティアが、青ざめた顔でオレのほうへとひざをつめてくる。
「エマが来てくれなかったら……アサクラが正気に戻ってくれなかったら、あたし、どうなっていたか。
カミューラ様は、とても恐ろしい方なのよ。アサクラも、危なかったと思うわ」
ティアにまでそんな風に言われてしまい、だんだん立つ瀬がなくなってきてしまう。
「そうだな。
今頃カミューラに、いいようにこき遣われていただろうな、気の毒に」
さもおかしそうに、エマが付け加えてきた。
「あー、もう、分かったよっ! 全部オレが悪かったよ、これからは気をつけるってば!」
「是非そうしていただきたいものだ」
エマって厭味なヤツ。
ムッとしながらも、ふと、カミューラの言葉で気にかかる部分があったのを思いだした。
───どこかの誰かさんみたいに、男並みの神経をもっていれば別でしょうけど───
あれって、変だよな。だって、エマは男だろ。
───まさか、女だったのか?
確かに、名前はコッチの感覚でいえば『女性名』のイメージだけどさ。
いや、『僕』っていう女子は聞くけど『おれ』はな……なかなかいなくないか?
それに、堅苦しい言葉遣いも振る舞いも、皆、男だし。体型だって、凹凸ないし。
だけど、それがもし、全部オレの勘違いだったら……。
思わず、エマをまじまじと見た。
そう考えながら見ると……男にしちゃ肩幅、ないよ、な。
細身だとは思ってたけど、よくよく見ると、細身っていうより……華奢な身体の造りのような……。
たらっと、背中を冷や汗が伝う。
自分でも唇がひきつるのが分かった。
「エ、エマ。ひとつ……訊いてもいいかな?」
「何だ」
軽く眉を上げて、エマがオレを見てくる。
「あのさ、エマって……男、だよな?」
一瞬エマは、じっとオレを見たまま、動かなかった。
う、この反応は、どうとりゃいいんだ。
「何を言っておるのだ。当たり前であろう、おれは」
にこにことめずらしく笑いながらエマは言い、そこでピタリと笑みが凍った。
「───女だ」
直後、嵐を予感したオレは、エマから遠ざかろうと腰を浮かした。
が、エマから発せられる威圧感に、思うように身体が動かず、バタバタと四つ足でドアに向かうのが精一杯だった。
背後で、ざっ……と、エマの動く気配がした。
「───……待て。貴、様っ……!
今までの無礼の数々、すべてこのエマ・スローンを、男と思っての不届きだと申すのだな!?
許せぬっ……!!」
おののくオレの前で、エマがこめかみのあたりを引きつらせた。
右手首を覆い、素早くそれをすべらせる。
「叩き切ってくれるわっ!」
───あぁ、今夜も眠れそうにない……。
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