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第一章 真夜中の訪問者
5.エマとティアの事情
しおりを挟む「スメルムーンという国は《こちらの世界》の裏側にあるのだそうだ。
つまり、《向こうの世界》からすれば、おれが今いる《こちらの世界》が裏側になるわけだな。
───おれは、そう聞いて《この世界》へやってきた」
エマは、そう語りだした。
人工の光ではなく、自然から与えられた月の光のなかで───。
今夜の月は、満月だった。
心地よい光を斜めに浴びて、オレはエマ達の話に耳を傾け始めた。
……が。
「───そう聞いて? 誰に?
え? そういうことって、簡単に信じられるもん?
オレなんか、いまこうしてエマやティアと向き合っていても、眉唾だな~って、思っちゃうけど?」
そのまま話を聞くのが気持ち悪い気がして、思わず口をはさんでしまった。嫌そうに、エマが溜息をつく。
「……出端をくじくとは、まさにこのことだな」
「あ、あのね、アサクラ。あたし達のいたスメルムーンでは、そういう言い伝えがあって……。
実際、裏側である《この世界》に来たって話をしている人がいたの。
もちろん、みんながみんな、信じていたわけじゃなかったわ。
多分、エマもそうだと思うけど、こうして来てみて、初めて《真実のこと》だったんだって、あたしも実感したくらいだし」
不機嫌な顔を見せ、口を閉ざすエマを見て、ティアがあわてて取りつくろう。
そして、今後いっさい、口出ししないとオレに約束させ、エマはふたたび話しだした。
「おれ達スメルムーンの者は、“スメルムーンの涙”を食とする。
───“スメルムーンの涙”とは、他国では“宝石”と表していたな」
かすかに、ティアの表情に翳りが見えたのを、オレは見逃さなかった。
……ティア……涙……。
涙という単語が繰り返されて、ここで涙を意味するティアが無関係なはずがないと、オレは悟った。
「スメルムーンに、カミューラ・ルキスという魔女がいる。
悪知恵に長ける女だ。私益のためには何でもする、そういう女だ。
その女が───ティアを、創造した」
オレは息をのんだ。
───創造った……!?
なんだよ、それ……。ティアは創造られたのか!?
疑問のふくらむオレの前で、エマは至って淡々と語り続ける。
「ティアは───ティアの涙は、“スメルムーンの涙”つまり、先程も言ったがスメルムーン以外の国でいうところの“宝石”というものになる」
涙が、宝石になる……!?
思わず、ティアに目をやる。ティアは、つらそうにうつむいた。
「カミューラがティアを創造した訳は、そこにある。現在、スメルムーンでは、“それ”が不足しているからだ。
数年前までスメルムーンで勢力を誇っていたのは、ファースト家だった。
なぜなら、何代にも渡って玉座に就いていたのは、ファースト家だったからだ。
数年前───正確にいうと、三年前、ファースト家を継ぐはずだった長男が毒殺された」
気のせいか、そこでエマの瞳が熱を帯びた。
「ファースト家の跡取りだったその男は、同時に、玉座にも就くはずだったのだ。その者が死した。
そうなると、他家がここぞとばかりに王位をつけ狙う。
スメルムーンの王となる者は皆、実力で地位を得るため、スメルムーンに不動の王家は存在しない。
一度その地位に就いた者が死ぬまでは、その一族が王家となるが、王が死ねば、その時点で一族は王家たる資格を失うからだ。
先刻も述べたが、王たる者の資格は血族主義でなく、実力主義だ。
条件は主に三つ。
誰よりも心身ともに強くあり、また、知性に欠けてもならない。
そして、何よりも“スメルムーンの涙”を多く所有していなければならないのだ。
この条件をすべてクリアできる者が、王たる資格をもつとされている。……表向きはな。
だが、最終的には、候補者のなかで、一番多くスメルムーンの住人に支持された者がなるのが常だ。
ファースト家の長男も、例にもれず、そうだった。
しかし、その王位継承者が死に至ったため、当然また、王位争奪の駆け引きが始まったのだ。
結果、条件をすべて満たしたダラス家の長男、ユーヤ・ド・ダラスが玉座を手に入れた。
奴は、表面は上品で礼儀正しいと評判だが、一部では腹黒だとささやかれた男でもある。
そのユーヤが、カミューラと組んだことで、ティアは《生まれた》のだ」
話し疲れたのか、そこでエマは息をついた。
見る者を凍りつかせるような眼差しを、ティアへと向ける。
「ティア。ここから先は、貴様が話せ。
なぜスメルムーンから逃れて来たのかを」
「やめろよ」
エマの言葉をさえぎった。
「ほう」
エマが瞳を強く光らせ、オレを見据えた。
「貴様は約束という言葉の意味を、理解していないようだな。よかろう、教えてやろうではないか。力づくでな」
エマが右手首をもう片方の手で覆う。
こいつって、ホント、短気だよな。
あきれつつも、オレは言い返した。
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